毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。
2025.1.10
この1本:「#彼女が死んだ」 片時も休まぬ急展開
SNSはスリラー映画のかっこうの舞台となっている。居ながらにして匿名のまま世界とつながり、集合知と監視カメラ網であらゆることが検索可能。しかも製作費が安上がり。アイデア勝負で秀作が次々と作られている。ただ、動きは少ないので同工異曲になりがち。ストーリーのうまさでは世界一流の韓国映画だけに、息もつかせぬ展開に圧倒される。二番煎じになっていないのは、主人公がSNSを駆使する一方で、〝現場〟に足を運ぶアナログ人間だから。現代風の題材に、映画が本来持つアクションの魅力を盛り込んでいる。
不動産仲介士のク・ジョンテ(ピョン・ヨハン)はSNSに積極的に発信、顧客からの人気も高い。しかしその陰で、他人の部屋に忍び込んでのぞき見する悪趣味の持ち主でもある。ある時、侵入した部屋でインフルエンサーのハン・ソラ(シン・ヘソン)の死体を発見。動揺して逃げたものの、再訪すると何の痕跡もない。ソラは失踪し、やがて脅迫状が届く。
物語の前半はジョンテの視点。万事順調だった人生がソラと関わったことをきっかけに歯車が狂い、正体不明の脅迫者に振り回される。ソラを敵視する女やストーカーらしき男も現れて、混迷は深まっていく。観客はジョンテと同じ情報しか与えられず、急展開にただただ驚くばかり。
SNSという仕掛けこそ今風ながら、窃視者が事件に巻き込まれる物語は「裏窓」「屋根裏の散歩者」などにも共通し、古典的類型ではある。本作もその系譜だが、ジョンテはさらに積極的だ。ネットで情報を集めるだけでなく、手がかりを求めて自ら走り回る。近年しばしば見かける、SNS風のモニター画面の静的映像と、町の中を走り回り、時に何者かに襲われて必死で反撃するジョンテのアクションがテンポ良く重ねられ、映画は片時も休まない。
中盤以降に視点人物が変わると事件は全く違った様相を見せ始めて、観客はまた驚かされる。派手さはないが、見応えは十分。掘り出し物の佳品。キム・セフィ監督。1時間43分。東京・シネマート新宿、大阪・キノシネマ心斎橋ほか。(勝)
ここに注目
不動産業者の立場を悪用してひそかな悦楽にふけっていた主人公が、いつしか何者かに監視され、脅迫される側に。もがけばもがくほど悪循環に陥ってしまうスリラーの王道的なプロットに、今どきのモチーフであるSNSを巧みに取り入れ、幾重にもひねりをきかせた脚本がお見事。観客の感情移入を誘うはずの主人公がいかがわしい変態趣味の持ち主だという人物設定も、このジャンルでは異色の面白さ。ジョンテの七転八倒ぶりにハラハラするやら、大笑いするやら、ブラックコメディーとしても楽しめる。(諭)
ここに注目
ジョンテの心境を説明する心の声は、序盤は少しうっとうしいが、いい意味でじわじわと作品を侵食していく。ソラの失踪を調べる刑事オ・ヨンジュ(イエル)に対し、死体を見たことを隠そうとする際など、人の表裏を赤裸々に見せつける仕掛けとなった。語り口に無駄がなく、セリフの切れ味が鋭さを増していく。終盤のソラやヨンジュのストレートな言葉にも、わざとらしさを感じない。SNSという素材によりかからず人間心理に踏み込んだエンタメとして上々の出来。韓国映画の底力を再確認できる。(鈴)