2024年の映画界を振り返ってみると、筆者が常に新作を物色しているホラー、スリラー系のジャンル映画は、おおむね質量共に充実していた1年だった。例えば、ホラーでは「破墓/パミョ」「悪魔と夜ふかし」「胸騒ぎ」「Chime」が出色の面白さだった。
スリラーはさらに豊作で、「HOW TO BLOW UP」「マンティコア 怪物」「12日の殺人」「落下の解剖学」「ありふれた教室」「ビニールハウス」「ロイヤルホテル」「Cloud クラウド」などがざっと思い浮かぶ。これらのスリラーの多くは社会性をはらんでおり、ジャンル映画のスタイルや娯楽性を取り入れて現代的なテーマを射抜いている。集団的なクライム活劇の様式で気候変動問題を挑発的に描いた「HOW TO BLOW UP」、女性蔑視問題を扱った「12日の殺人」「ロイヤルホテル」はまさにそうで、既存のホラー、スリラーの約束事にとらわれないジャンル映画の台頭は、昨今の大きなトレンドと言えよう。この原稿執筆時点(24年12月25日)で、多くの映画配給会社が25年春までに封切り予定の新作ラインアップを発表している。注目すべきホラー、スリラーを紹介していこう。
「ロングレッグス」 画面から目が離せない
最大の目玉は、筆者のいち推しでもある「ロングレッグス」(3月14日公開)だ。FBI(連邦捜査局)の若き女性捜査官が未解決の連続殺人事件の解明に挑むこの映画は、「羊たちの沈黙」を彷彿(ほうふつ)とさせる設定の作品だ。ところが中盤以降に想像を絶する展開が待ち受け、犯罪捜査スリラーから人知を超えたホラーへと転じていく。ニコラス・ケイジがキャリア初のシリアルキラーにふんしたことも話題で、ひと目では本人と判別しがたいほどの異様な風貌からしてすさまじい。
さらに本作の並外れた独創性は、オズグッド・パーキンス監督の特異な作風にある。正体不明の連続殺人鬼ロングレッグスが送りつけてくる奇怪な暗号文、えたいの知れない等身大の少女人形などのモチーフが映画をいっそう謎めかせ、ひとときも画面から目が離せない。ちなみに近年躍進中の独立系映画会社NEONが北米配給を手がけた本作は、24年の独立系映画の全米興収1位に輝くなど、特筆すべき商業的成功を収めた。
ニコラス・ケイジここでも怪演「シンパシー・フォー・ザ・デビル」
ニコラス・ケイジのファンは「シンパシー・フォー・ザ・デビル」(2月28日公開)も見逃せない。ここでもケイジが演じるのは素性不明の怪人。病院で出産しようとしている妻のもとに急ぐ会社員を脅迫し、悪夢のような一夜のドライブへと誘う名無しのカージャッカーという役どころだ。ほぼ全編がジョエル・キナマンとの2人芝居で進行し、なぜカージャック犯の男は会社員を脅すのか、両者の間にいかなる因縁があるのかが物語のキモとなる。ひげを蓄え、赤い髪に赤いジャケットをまとったケイジのハイテンションな怪演が映画をけん引し、後半のダイナーのシーンではその場に居合わせた店員や客を巻き込んだ惨劇が勃発する。
「アンデッド/愛しき者の不在」© 2024 Einar Film, Film i Väst, Zentropa Sweden, Filmiki Athens, E.R.T. S.A.
北欧、英国、アルゼンチン……各地から
「アンデッド/愛しき者の不在」(1月17日公開)は、「ロングレッグス」と同じくNEONが北米配給を手がけた北欧ホラー。不慮の事故などでこの世を去ったはずの死者が墓場や病院でよみがえり、家族のもとに帰ってくるという話なのだが、本作のアンデッドはゾンビのように暴れたり、生者を襲ったりせず、ただじーっとたたずんでいるだけ。当然ながら家族は、物言わぬ不気味なアンデッドを前にして途方に暮れるばかりだ。そんな状況下にあぶり出される愛のかたち、喪失の悲しみを描き上げたのはノルウェーの新人監督テア・ビスタンダル。「ぼくのエリ 200歳の少女」の原作者ヨン・アイビデ・リンドクビストの小説の映画化でもある。
イギリス映画「ストップモーション」(1月17日公開)は、実写をベースにしながらストップモーションアニメをふんだんに取り入れたユニークな恐怖劇。偉大なアニメーターの娘である若い女性が、脳卒中で昏睡(こんすい)状態に陥った母親の作品を完成させようとするが、撮影現場のスタジオに不思議な少女が現れて……。現実と虚構の境目がじわじわと曖昧になっていく主人公を演じるのは、「スピーク・ノー・イーブル 異常な家族」のアシュリン・フランチオージ。これが長編デビュー作となるロバート・モーガン監督の怪奇幻想趣味が際立つ心理ホラーだ。
「テリファイド」で知られるデミアン・ルグナ監督の「邪悪なるもの」(1月31日公開)は、アルゼンチンの田舎町を舞台にしたオカルトホラー。いわゆる悪魔つきものなのだが、その内容たるや尋常ではない。悪魔に乗っ取られた住民の肉体が腐敗する怪現象が、ウイルスのパンデミックのように拡散していくという前代未聞のストーリー。劇中では悪魔つきに正しく対処すべき古来の七つのルールなるものが示され、それが破られたために主人公の兄弟らはなすすべもなく破滅的な運命をたどることに。物語が進むうちに、終末映画のごとき様相を呈してくる異端的な恐怖映画だ。
「ミッシング・チャイルド・ビデオテープ」©︎2025 「ミッシング・チャイルド・ビデオテープ」製作委員会
語り口繊細 日本の「ミッシング・チャイルド・ビデオテープ」
スリラー量産国の韓国から届けられる「#彼女が死んだ」(1月10日公開)、「リボルバー」(2月28日公開)は、対照的なテイストの2作品だ。日本初登場のキム・セフィ監督が手がけた前者は、顧客宅への不法侵入を繰り返す不動産仲介士の青年が、人気インフルエンサーの女性の死体を発見するコミカルなサスペンス劇。そこから始まる二転三転のプロットに、SNSの闇という今どきのモチーフを取り込み、見る者の予測を許さない一作となった。一方、「リボルバー」は「無頼漢 渇いた罪」のオ・スンウク監督とチョン・ドヨンが再び組んだノワールもの。汚職に関わった女性刑事が出所し、服役との引き換えに得られるはずだった報酬を取り戻すために裏社会へと身を投じていく。終始、感情を押し殺したチョン・ドヨンの演技、存在感が冷たい殺気を放っている。
そして日本映画「ミッシング・チャイルド・ビデオテープ」(1月24日公開)は、モキュメンタリー形式のホラードラマとして話題を呼んだ「イシナガキクエを探しています」の近藤亮太監督が撮り上げた商業映画デビュー作。幼い頃に弟が謎の失踪を遂げたトラウマを抱える青年が、母親から送られてきた古いビデオテープを再生したことをきっかけに、忌まわしい過去と向き合っていく。近藤監督が第2回日本ホラー映画大賞を受賞した同名短編のセルフリメーク。長回しショットなどを導入した繊細な語り口で、失踪現象のミステリーの背後に渦巻く怪異を見る者に体感させていく。