「遺灰は語る」 © Umberto Montiroli

「遺灰は語る」 © Umberto Montiroli

2023.6.23

特選掘り出し!:「遺灰は語る」 時空を超えた不思議な体験

毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。

イタリアの名匠、タビアーニ兄弟の弟パオロが、兄ビットリオの亡き後、初めて単独で監督を務めた作品である。兄弟の代表作の一つ「カオス・シチリア物語」の原作者であるノーベル賞作家ルイジ・ピランデッロの〝遺灰〟をめぐる物語だ。

「遺灰は故郷シチリアに」との遺言を残し、1936年にローマの自宅で死去したピランデッロ。ところが独裁者ムッソリーニはそれを許さず、戦後になってシチリアからやってきた特使が遺灰を運ぶことに。

遺灰は運搬中もシチリア到着後もトラブル続きで、特使や司祭、見物人は右往左往。そんな風刺の利いたロードムービー風の悲喜劇を映し出すモノクロ映像は時に夢幻性を帯び、シチリアの大地にそびえる巨岩の光景に驚かされる。

さらなる意外な仕掛けは、終盤20分でピランデッロの短編「釘」がカラーで映像化されていること。ニューヨークで暮らすシチリア移民の少年による少女殺しの奇妙な顚末(てんまつ)が描かれる。しかも一見何の関係もなさそうな遺灰の旅と結びつき、終幕には哀悼の情と喝采が映画を満たす。ピランデッロの言葉や、映画「戦火のかなた」「情事」などの引用もちりばめられ、時空を超えた摩訶(まか)不思議な映画体験に浸れる一作だ。1時間30分。東京・新宿武蔵野館、大阪・シネ・リーブル梅田ほか。(諭)