毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。
2024.7.05
この1本:「密輸 1970」 韓国発、痛快女性活劇
韓国映画の活劇は、物語もアクションもよく練られ、見応えがある(時々、描写がどぎついけど)。ただ、たいてい男臭い。女性主人公が少ないなと思っていたら、ようやく登場。横柄な男たちに一撃を食らわせる、痛快なクライムアクションである(やっぱりちょっとどぎつい)。
1970年代半ば、韓国の漁村。海洋汚染で漁ができなくなったジンスク(ヨム・ジョンア)ら海女は、沖に沈められた密輸品を回収する闇仕事に手を出した。しかし税関に急襲され、混乱の中でジンスクの父と弟が死亡、ジンスクは刑務所送りに。海女の中でチュンジャ(キム・ヘス)だけが逃げ延びた。出所したジンスクの前に現れたチュンジャは、密輸を仕切るクォン(チョ・インソン)と組んで一もうけを持ちかける。ジンスクはチュンジャが裏切ったと信じ込んで憎悪しているものの、仲間の窮状を救うには誘いに応じるしかなかった。
人情家のリーダー、ジンスクと、たたき上げの苦労人チュンジャの女同士の確執に、覇権を狙うクォンと漁村の密輸を仕切るドリの対立、しつこくジンスクらに付きまとう税関官吏ジャンチュンの思惑が絡む。
人物の性格や外見の造形、演技も画(え)作りもメリハリを強調したマンガ風。密輸作戦を、互いに裏の裏をかく情報戦と頭脳戦にして見せていく語り口も飽きさせない。笑いを交え、強弱を付けながら豪快かつ軽快に物語は進む。
そしてアクション。ホテルの廊下と部屋を舞台にした肉弾戦は、男同士。韓国らしい無駄のない鋭い動きで一気に見せる。終盤に用意された海中での戦いは、水の中を自在に動き回る海女たちに加え人食いザメまで登場。大胆かつ斬新な立ち回りで楽しませてくれる(ただし所々どぎつい)。
開放感のある明るい海の上で昭和歌謡を思わせる韓国の数々の流行歌が流れ、画面も弾む。韓国では大ヒット。肩が凝らず、満腹感ある娯楽作。「ベテラン」「モガディシュ 脱出までの14日間」など男たちの活劇をヒットさせたリュ・スンワン監督。2時間9分。東京・新宿ピカデリー、大阪ステーションシティシネマほかで12日から。(勝)
ここに注目
昨夏、韓国で500万人以上を動員。キム・ヘスとヨム・ジョンアがアーティスティックスイミングの専門家の指導を受け、海女のバディーアクションを見事に演じた。この時代、韓国は軍事独裁政権下にあり(クォンもベトナム戦争帰りの元軍人)、海洋密輸も盛んに行われたとされる。暗い史実をベースに物語はエンタメ路線を突っ走る。映像はレトロでポップ、アクションシーンは笑いを誘うクドさ。昭和の東映や大映のアクション映画の記憶を呼び起こされる人もいるのでは。韓国映画の元気を感じさせる。(坂)
技あり
時代色の出し方と独特な構図が秀逸。暖調の基調色、黒い煙をあげて走る海女たちの木造船、衣装や流れる歌謡曲など、コテコテの70年代だ。暗くなった魚市場にジンスクが残っている。空間の多い画で、夫が事故に遭い収入がなくなった仲間が現れ「子供にスープを作る」と、廃棄される魚の臓物を拾い帰っていく。チュンジャが現れ、クォンとの仕事を持ち掛ける。画面の下半分だけを使う画がうまくハマる。「ベルリンファイル」で韓国・青龍映画賞撮影賞を得たチェ・ヨンファン撮影監督の仕事だった。(渡)