毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。
2024.8.16
この1本:「ニューノーマル」 ソウル近郊の新恐怖
何本かの短編で構成されるアンソロジーという形式は、ホラーやスリラー系のジャンルと相性がいい。韓国のチョン・ボムシク監督が手がけた本作は、ソウルとその近郊の都市を舞台にした恐怖譚(たん)だ。
とあるマンションで暮らす中年女性(チェ・ジウ)の部屋に、怪しげな火災報知機の点検員が侵入してくる第1話。中学生男子のほほえましい善行が悪夢に変わる第2話。スマホの出会い系アプリを利用する女の子(イ・ユミ)が、カフェで殺人事件に遭遇する第3話。チョン監督は同じ世界観、3日間の時間軸を共有する六つのエピソードを微妙にリンクさせ、意外性に富んだスリルとブラックなユーモアを創出。ロケーションの選択やカメラワークも巧みで、見る者を都会の日常に潜む落とし穴へと誘っていく。
著名な映画にちなんで付けられた各話の題名にも、マニアックな遊び心がうかがえる。フリッツ・ラング「M」、スパイク・リー「ドゥ・ザ・ライト・シング」、ブライアン・デ・パルマ「殺しのドレス」。のぞき魔の青年が思わぬ惨劇に巻き込まれる第5話は、マイケル・パウエル「血を吸うカメラ」という具合だ。
多くのアンソロジーものがそうであるように、エピソードごとの出来ばえにはバラつきがある。トーンもテイストも不ぞろいだが、冒頭にはちまたで続発する不可解な凶悪事件のニュースが流れ、全編を見通すと“現代社会の恐怖”という主題がうっすらと浮かび上がってくる。しかもその恐怖は誰の身にも降りかかり、決して逃れることができない不条理なものなのだと。
そんな作り手の視点が最も色濃く反映されたのが第6話「マイ・ライフ・アズ・ア・ドッグ(ろくでもない人生)」だ。主人公はミュージシャン志望だがコンビニでの深夜勤務中に悪質なカスハラに悩まされ、自殺願望を抱く女性、ヨンジン。若い世代のどうしようもない孤独と絶望をクールに体現した新人女優ハ・ダインが抜群に素晴らしい。殺人鬼も怖いが、生きることそのものが恐ろしい。これぞ本作が突きつける恐怖の〝新常態〟なのだろう。1時間53分。東京・新宿ピカデリー、大阪・なんばパークスシネマほか。(諭)
ここに注目
マッチングアプリ、ユーチューバー、チャットの書き込みなどなど、SNS時代のホラー、スリラーにおなじみの道具立てが勢ぞろい。画面の“向こう側”の正体や悪意が徐々に明らかになっていくあたりに怖さの演出があるものだが、本作はあっさりと種明かし。その後、クドクド説明しないのがかえって怖い。ホラー的展開に至る前の、孤独な日常と心理の描写がドライなのもリアル。今っぽさ満載だ。殺伐とした現代の空気の反映か、嫌ミス系なのでカタルシスを求める向きにはおすすめしにくい。(勝)
技あり
キム・ヨンミン撮影監督の仕事。コンビニの商品棚やカフェの店内を、広角レンズが空中を泳ぐように動き回り、滑らかな動きで見せていく。カメラ操作は特筆ものだ。コンビニの深夜番を終えたヨンジンが電動二輪で帰宅する道筋。両側にうっそうと広がるつややかな緑の木々の間を抜け、駐車したトラックの横を過ぎると、色を殺したブルー一色。半地下の住まいに帰っていく彼女の、理不尽な社会を生きていく象徴のような目や、レンズへの乱反射で表情がかき消される瞬間のアップが秀逸だった。(渡)