毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。
2025.1.24
特選掘り出し!:「おんどりの鳴く前に」 清新な風の下、渦巻く欲望
田舎道を走るトラックが揺れ、荷台から鶏が飛び出して歩き出す。とぼけたシーンで始まる今作、偏狭なムラ社会のリアルを描き、見て見ぬふりと良心のはざまで揺れ動く人の内面を突き付ける。
ルーマニア北部の静かな村。警察官のイリエ(ユリアン・ポステルニク)は仕事への野心はなく、果樹園を営みひっそりと第二の人生を送りたいと考えていた。しかし、平和なはずの村で惨殺死体が見つかる。新任警官は張り切って聞き込みするが、イリエは村長らから関わらないよう忠告される。
牧歌的な田舎の風景と、凄惨(せいさん)な事件のコントラストが鮮やか。イリエは中年で猫背、警官のイメージとほど遠い。村長から果樹園を低価格で譲ると言われ、正義感を手放す。ドラマの柱はどこにでもある誘惑や打算だが、閉鎖的な場所や環境でいっそう浮き彫りになる。おまけに、殺された男の妻が評判の美人でイリエは心をときめかす。さわやかな風と空気が流れる場所でも、人の欲望や打算はとどまることはない。衝撃的な展開の終盤もどこかユーモアに満ちている。もの言わぬ鶏がラストも登場。人々を凝視しあざわらっているような演出がさえる。パウル・ネゴエスク監督。1時間46分。東京・新宿シネマカリテ、大阪・テアトル梅田ほか全国で順次公開。(鈴)