「パスト ライブス/再会」 Copyright 2022©Twenty Years Rights LLC.All Rights Reserved.

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2024.4.05

この1本:「パスト ライブス/再会」 おき火の恋 運命と諦観

毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。

幼なじみのナヨンとヘソンの、24年に及ぶ初恋とその後始末。情熱的、破滅的に燃え上がる激情とは対極の、言葉にも行動にも至らないけれど、長い間静かにくすぶり続けたおき火のような思い。これがデビュー作というセリーヌ・ソン監督が、いくつもの層が重なった繊細な感情を、東洋的情緒の中に描き出した。

ソウルで仲良く子供時代を過ごした2人は、ナヨン一家がカナダに移住することになって離ればなれになる。幼く淡い恋の終わり。

12年後、ニューヨークで劇作家のタマゴとなったナヨン(グレタ・リー)は、ヘソン(ユ・テオ)がフェイスブックで自分を捜していると知って連絡を取り合うようになる(ズームではなくスカイプで!)。〝再会〟を喜び近況を報告し合ううちに会いたい気持ちが募っていく。

ネットがなければ再会できなかったが、オンラインのデートはじれったい。時差はあるし画面は固まる。見つめ合っているのに出会えない、声は届くのに手を伸ばしても触れ合えない。ネット時代でも遠距離恋愛は難しい。やがて人生の岐路を迎えたナヨンは大きな決断をし、2度目の別れとなる。

それからさらに12年。ヘソンがニューヨークを訪ね、ついにナヨンと本当に再会。しかしナヨンは英語名のノラになって米国人アーサーと結婚している。ヘソンもナヨンも中年にさしかかり、理性も分別も身につけた。一方で、子供時分のままの思いも消えていない。人生の「もしも」を実現する最後の機会……。

ヘソンもナヨンも「出会いは〝イニョン〟次第」と口にする。「縁」と訳される韓国語。12年という歳月は干支(えと)の循環を思わせる。映画を覆うのは、アジア的な諦観と運命論だ。ソン監督は2人の間の視線と距離を、画面の中で慎重に計って配置した。離れていても親密だったり、抱き合っても遠かったりする感情を、言葉に頼らず映し出す。

やがていたる、取り返しのつかなさに胸を締め付けられるあの気持ち。ラストシーンは極めつきの切なさなのである。1時間46分。東京・TOHOシネマズ日比谷、大阪・TOHOシネマズ梅田ほか。(勝)

ここに注目

前世、現世、来世という東洋的な死生観が持ち込まれることで、ナヨンとヘソンの愛は時空を超え、物語に広がりをもたらした。あえて言うなら、2人の幼少期のエピソードにもう少し厚みがあると、ラストの感動もより大きくなったかも。強い意志を持って人生を切り開こうとする女性のナヨンに対し、男性のヘソンは常に置いてけぼりをくらう。けれど、ナヨンと会い、ようやく前を向いて生きていく。帰りのタクシーの車窓からニューヨークの街をぼんやり見つめるヘソンがいとしい。(光)

技あり

ニューヨークに着いたヘソンがホテルのカーテンを開けると、雨空が浮かぶ。柔らかいフィルムの階調は、シャビアー・カークナー撮影監督の仕事。秀逸なのは終盤のクライマックス。帰国するヘソンをナヨンがタクシー乗り場まで見送り、同じ道を戻っていく。ブレを感じさせない、ドリー使用の往復移動。静かな夜の道だが、ソン監督によると画面の外は「酔っぱらいで大変だった」。自由の女神クルーズなどで撮影したスタッフは、規制と人が多いニューヨークとなじみのない35㍉カメラに、「ディーバ」(難物)の称号をささげたという。(渡)

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