「哀れなるものたち」 ©2023 20th Century Studios. All Rights Reserved.

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2024.1.26

この1本:「哀れなるものたち」 現代社会に鋭い風刺

毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。

「聖なる鹿殺し」「女王陛下のお気に入り」のヨルゴス・ランティモス監督が手がけたのは、ゴシックホラー調のフランケンシュタイン映画。皮肉なセリフと毒のあるユーモア、奇抜でグロテスクな描写、それに広角レンズや凝ったアングルで作られるけれんみたっぷりの映像。技巧を駆使した奇想天外な物語は、現代社会に鋭い風刺として突き刺さる。

ビクトリア朝時代のロンドン。天才外科医〝ゴッド〟バクスター(ウィレム・デフォー)の手によって死の淵からよみがえったベラ(エマ・ストーン)は、肉体は成人でも頭脳は赤ん坊同然。バクスターの屋敷に隔絶されたまま、知能が急速に発達する。常識や良識の束縛がないから純粋培養、好奇心と欲望の赴くまま。

ベラが最初に目覚めるのは性的快楽だ。初めは1人で、やがてプレーボーイ気取りのダンカン(マーク・ラファロ)に導かれて。ダンカンとともに欧州を巡る旅に出たベラは、外の世界を知って精神的にも成熟していく。

旅の途中で貧困にあえぐ人々を見て衝撃を受け、社会格差の存在に気づく。パリの娼館(しょうかん)に流れ着き、肉体を駆使してたくましく自立する。片やベラのとりことなったダンカンは、自由なベラに付いていけず心身ともに崩壊する。

性に対する羞恥心や隠すべきものであるといった固定観念を無化し、女性が男性に奉仕する支配構造も一蹴。女性の側から性を解放し、社会的平等と富の再配分を実践するベラは、現代人の先を行く。一方ベラの創造神たるバクスターは、父親に実験材料にされて肉体はつぎはぎだらけ、冷徹な科学信奉者。ベラと対をなす、フランケンシュタイン的存在として登場するが、ベラのおかげで思わぬ感情を芽生えさせる。

前半のアナーキーな勢いがすさまじいだけに、2体のフランケンシュタインが行き着く先は、いささか拍子抜けの安全地帯。とはいえ刺激に満ち、ベネチア国際映画祭で金獅子賞も納得である。

2時間22分。東京・TOHOシネマズ日比谷、大阪・TOHOシネマズ梅田ほか。(勝)

ここに注目

心と体や快楽は誰かに支配されるべきではなく、絶対に自分のものである。まっさらな目で進んでいく性の冒険を通して、虐げられてきた女たちの叫びを体現するストーンに拍手を送りたい。あまりのことに思わず笑ってしまったラストも含め、配偶者を見つけなければ動物になってしまう「ロブスター」のような映画を撮ってきたランティモス節が全開に。ベラの目覚めに寄り添う大胆な衣装の変化や、陰影豊かなモノクロとカラーの切り替え、アートのような美術など、視覚的な満足度も高い一本だ。(細)

ここに注目

女性の自立など主張しているテーマは〝まっとう〟なのだが、その表現手法は型破りで驚きの連続だ。怪奇映画風のゴシックロマンとして幕を開け、ブラックコメディーやアドベンチャー映画へと奔放に転じていく映像世界は、豪華絢爛(けんらん)にしてスケールもでかい。無垢(むく)な好奇心の赴くままに予測不能の言動を連発するストーンの演技、ただならぬ神秘性に富んだ絵画的なショットの数々に圧倒される。難解な作風とエログロ趣味で名高いランティモス、名実共にメジャー監督の地位を確立した感がある。(諭)

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