「リアル・ペイン 心の旅」

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2025.1.31

この1本:「リアル・ペイン 心の旅」 〝安易な和解〟の向こうへ

毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。

20世紀の初めにユダヤ人移民が礎を築いたハリウッドにとって、ホロコーストは特別な意味を持つようだ。「シンドラーのリスト」を筆頭に、この歴史的虐殺を題材とした多くの映画が作られてきた。本作で監督、主演を務めたジェシー・アイゼンバーグもユダヤ系米国人。ポーランドを旅した自身の体験を基に構想したという。才人アイゼンバーグは、歴史劇として惨事を再現するのではなく、ままならぬ人生を生きる現代の人間関係を横糸にして、歴史の縦糸と織り合わせた。米アカデミー賞では助演男優賞、脚本賞の候補となっている。

デビッド(アイゼンバーグ)とベンジー(キーラン・カルキン)は兄弟同然に育ったいとこ同士。ポーランドのホロコースト遺跡を巡るツアーに参加するため、数年ぶりに再会した。ポーランド移民の祖母が、そのために遺産を残していたのだ。

映画の前半、観客はデビッドとベンジー、それにツアーの参加者とともにポーランドを旅する。博物館や収容所跡などのホロコースト遺跡をガイドの説明を聞きながら見物し、非人道的な所業に改めて粛然とさせられる。

それだけなら歴史探訪だが、そこで終わらないところが興趣である。ネット広告業界で働き家族を持ったデビッドと、定職もなく母親の家に寄生したままのベンジー。デビッドは真面目できちょうめんだが、心配性で社交性に欠ける。ベンジーは陽気で人の懐にやすやすと入り込む一方、感情の起伏が激しい。

対照的な2人の肖像を、ささやかなエピソードと会話を積み重ねて浮き彫りにしていく手際が鮮やか。仲の良い2人の間の小さなわだかまりと確執が、次第に示されてゆくのもスリリングだ。映画の後半、2人はツアーを離れ、祖母の生家を尋ね当てる。2人は民族と個人とふたつの葛藤を経て、安易な和解や調和ではない境地へとたどり着く。

ユダヤ人の悲劇を強調するところはいささか押しつけがましくもあるが、巧みな脚本と2人の達者な演技で見せるロードムービーである。1時間半。東京・TOHOシネマズシャンテ、大阪・TOHOシネマズ梅田ほか。(勝)

ここに注目

歴史的な痛みを背景にしながら、対照的な性格のいとこが抱える違う種類の痛みを描き出したアイゼンバーグ。辛辣(しんらつ)なユーモアの中に温かさをしのばせる手腕に、監督、脚本家としての伸び代を感じさせる。ベンジーは近くにいたら、うんざりさせられそうな面倒なキャラクター。けれど、自分もこんなふうに生きられたらと、つい嫉妬してしまうような正直な人でもある。アカデミー賞間違いなしのカルキンはもちろん、羨望(せんぼう)と疎ましさの両方を細やかに表現したアイゼンバーグの演技にも心を動かされた。(細)

ここに注目

ポーランドのホロコーストの跡地に現代の視点を加味させ、ベンジーとデビッドの丁々発止の掛け合いで見せる脚本が巧みだ。温厚で勉強家のツアーガイド、ジェームズを、素直だが思ったことをすぐ口にしてしまうベンジーの引き立て役にした構成も効果的。深刻さと軽妙さを違和感なく同居させ、じんわりと心にしみるシーンがあるかと思えば、クスッとほほ笑ませるバランスも絶妙。2人の生きづらさやホロコーストという重たいテーマを、ツアーという形で実感させ心揺さぶる重厚な映画に仕上げた。(鈴)

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