毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。
2023.6.23
この1本:「To Leslie トゥ・レスリー」 人間性への信頼、鮮明に
映画の冒頭、レスリーは宝くじで19万ドルを当てて、息子のジェームズ(オーウェン・ティーグ)と狂喜乱舞、幸せの絶頂にいる。それからわずか2分、タイトルクレジットが終わって再登場したレスリーは、どん底に転落。
一文無しで酒浸り、宿を追い出され、6年も会っていなかったジェームズの元に転がり込むと、約束を破って酒は飲む、同居人の金を盗む、愛想を尽かされて故郷に送り返されるが古い知人にも不義理を働いて放り出される。親からも子からも見放され、不遇は全て人のせい、ウソはつくわ言い訳はするわ、自己憐憫(れんびん)の果てにキレて当たり散らす。同情の余地なし。
それでも手を差し伸べる男が現れる。たまたまレスリーと出会ったスウィーニー(マーク・マロン)が、自分が切り盛りするモーテルに住み込みで雇うと持ちかけるのだ。
映画はもちろん、レスリーの再起を描く。だが定型の再生物語とは違って、そう簡単には立ち直らない。レスリーはスウィーニーの厚意を無にするのである。前半1時間、レスリーは見るに堪えない。虚勢を張り、薄っぺらなプライドと過去の成功にしがみつく、救いようのないダメ人間。もう最低。見ている方はそう思う。しかし目が離せない。そこがこの映画のキモだ。
マイケル・モリス監督は、レスリーのダメさ加減を容赦なく描きながら、突き放すことはないのである。彼女の孤独と寂しさ、後悔や諦めがない交ぜになった心情を、自堕落な行動の背景にのぞかせて、感情移入の糸口を閉ざさない。
そして何より、レスリーを演じたアンドレア・ライズボローが素晴らしい。安っぽい化粧と品のない振る舞いといった外見だけでなく、すさんだ生活でやつれ、人生を投げ出しかけている女性を全身で表現した。
そのおかげで、人生を生き直す決意をしてからのレスリーにウソ臭さがない。アメリカ映画らしい、人間性への信頼を表明した終幕が、素直な感動を呼ぶ。低予算に違いない本作の風格は、ひとえにライズボローのおかげだろう。オスカー候補もむべなるかな。1時間59分。東京・角川シネマ有楽町、大阪・シネ・リーブル梅田ほか。(勝)
ここに注目
2022年秋、米国では単館上映という地味なスタートだったものの、「私の人生で見た中で最も素晴らしい演技」(ケイト・ウィンスレット)など称賛の声が相次ぎ、ライズボローがアカデミー賞主演女優賞にノミネートされたことで注目された。不器用な主人公がアルコール依存から回復するヒューマンドラマ。モーテルなど1950~60年代の「アメリカらしさ」が広がる風景が美しく、周囲と自身を傷つけてしまうレスリーの疎外感と苦悩をいっそう際立たせる。再起への期待感が高まるラスト、レスリーの表情の変化に目がくぎ付けになる。(坂)
技あり
モリス監督は、ラーキン・サイプル撮影監督と「ストリート写真をたくさん見て、レスリー自身の不完全さを追求するために、味があってどこか懐かしい35ミリフィルムを使った」と言う。50~60年代、カラーフィルムやシネマスコープの画面は、まだ発展途上だった。その雰囲気をしのばせる。夜、仕事が終わったレスリーとスウィーニーが、モーテルの部屋沿いに奥から手前まで歩いて来て立ち止まる。レスリーが前借りを申し出る場面を、2人を切り返しで見せる。電灯のトビ加減や壁のザラツキなどが往時を感じさせ、ストリート写真としても面白い。(渡)