「PERFECT DAYS」のビム・ベンダース監督=内藤絵美撮影

「PERFECT DAYS」のビム・ベンダース監督=内藤絵美撮影

2023.12.15

役所広司=平山が「PERFECT DAYS」で示した美しい生き方とは ビム・ベンダース監督インタビュー

今年、カンヌ国際映画祭の男優賞を受賞した役所広司。受賞した「PERFECT DAYS」の公開に合わせ、年齢を重ねただけ魅力が増す、役所広司のフィルモグラフィーから近年の出演作をピックアップします。

勝田友巳

勝田友巳

「トイレ清掃員の役所広司が主人公」。2022年5月、ビム・ベンダース監督が来日して企画の概要を明かした時は「なんだそれ?」と実現も半信半疑だったが、今は自分の浅はかさを恥じている。その企画が「PERFECT DAYS」として映画化され、カンヌ国際映画祭で男優賞を受賞し、米アカデミー賞の日本代表作品にまでなるとは! ベンダース監督は「役所広司がいて、私たちは幸運だ」と手放しで称賛するのだった。
 


 

トイレ改修から始まった企画

東京都渋谷区のトイレを改修するThe Tokyo Toiletプロジェクトが、活動の一環としてアート作品を製作することになり、プロデューサーの柳井康治らが「ダメ元で」と発案したのが、ベンダース監督、役所主演という組み合わせ。
 
柳井らから「まずは東京へ」との手紙を受け取ったベンダース監督は「久しぶりの日本」と二つ返事で引き受け、役所の名前を聞いて「本当か⁉」と大喜びしたという。役所も「どんな形であれ、ベンダース監督との仕事を断る理由がない」と即決した。
 
当初は短編を構想していたが、著名デザイナーが設計したおしゃれなトイレを目にしたベンダース監督は、清掃員の生活と肖像を描く作品を構想した。やがて主人公は「平山」と名付けられ、ベンダース監督は、共同脚本の高崎卓馬と細かくアイデアを出し合って、平山の人物とその日常を作り上げていった。
 
「映画には二つの種がありました。一つはキャラクターの平山、もう一つは習慣的な日常です。毎日の決まった生活が契機となって、どんな変化があるのか、その日常をどう象徴するかを考え、物語に奥行きを与えたのです。そうして平山の可能性を広げました」
 

いそうでいない、会いたくなる人物

下町の古いアパートに1人で住み、早朝に起きて車のカセットで古いロックを聴きながら出勤し、公園を回って公衆トイレを丹念に磨き上げる。部屋にあるのは文庫本とカセットテープ、植物を育てている植木鉢、それに日記のように撮りためた木漏れ日の写真。多くを語らず、満ち足りた日々を送る。簡素で丁寧な生活は見ていてうらやましい。
 
「平山は特別な人物です。誰もが会いたくなる、憧れるけれど、現実に見つけることは難しいでしょう。昔は少なからずいたかもしれませんが、今は、特にコロナ禍で社会的な交流の仕方が変わってしまった後では、平山はますます見つけにくくなっています」。しかし映画を見れば、平山はどこかにいるはずだと自然に信じることになるだろう。
 
「それは役所のおかげ。彼はとてもクレバーに演じてくれたので、平山は単なるユートピア的人物ではなく、今にもそこに現れるのではないかと思わせてくれるのです。私たちは幸運です。なにしろ役所のおかげで、平山の目を通して世界を見ることができるのですから」
 

演技の創意、身体感覚に驚嘆

撮影現場でも、役所の俳優としてのあり方に魅入られたという。「作品への献身ぶりに感心しました。撮影に入る前に、実際のトイレ清掃員について作業の手順を学んでいたんです。惜しまず力を注いでくれました」。撮影現場では脚本を元にしつつ、即興的な演出も取り入れた。
 
「俳優の仕事は、どのように動いて空間を満たすか、その場所との関係をどう築くかです」。平山が畳の部屋を掃き掃除する場面は、役所のアイデアだった。「彼は『見ていてください』と、ぬらした新聞紙を丸めて部屋にまいてから、ほうきで掃いたんです。むかし家でやっていたのを思い出したと」
 
そして俳優としての技術にも驚きの目を向ける。「彼はカメラと自分の位置を完璧に把握しているんです。撮影のフランツ・ラスティグが『背中に目があるようだ』と驚いていました。それに撮影するカットの前の場面で、平山が何を持っていたか、どんなリズムで動いていたかも正確に記憶しているんですよ」
 
平山が毎日撮影している「木漏れ日」が、映画と平山の人生を象徴する。「木漏れ日は日本の哲学の中心、芸術の一部だと思います。例えば建築物は日の光を取り入れて、木漏れ日が壁に映るようにしている。日本に限らずどこでも目にできるはずですが、日本では誰もが目を留めて簡潔な言葉で呼んでいるのに、ヨーロッパでは誰も気づきません」
 

「PERFECT DAYS」より ©️2023 MASTER MIND Ltd.

木漏れ日に託した日本への思い

そうした日本へのまなざしは、ベンダース監督が敬愛する小津安二郎監督と通じるのである。「東京で撮影していて、小津を感じないことはありません。『平山』という名前も、『東京物語』『秋刀魚の味』で笠智衆が演じた役の名前です。小津の目を意図したわけではありませんが、心にはありました」
 
「平山のような生活を勧めるわけではないけれど、幸福になる助けにはなるかもしれません。今の私たちは、多くを持ちすぎ、消費しすぎです。永遠の成長というイデオロギーは地球を滅ぼすことになるでしょう。より少なく持つことは、問題の解決につながりそうです」。そしてこう付け加えた。「木漏れ日を見れば、1日が少し良い気分で過ごせるのではないですか」
 
「PERFECT DAYS」は12月22日(金)から全国公開。

ライター
勝田友巳

勝田友巳

かつた・ともみ ひとシネマ編集長、毎日新聞学芸部専門記者。1965年生まれ。90年毎日新聞入社。学芸部で映画を担当し、毎日新聞で「シネマの週末」「映画のミカタ」、週刊エコノミストで「アートな時間」などを執筆。

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