「正体」

「正体」©︎2024 映画「正体」製作委員会

2024.11.28

ウソをつけないから、役を〝生きる〟 横浜流星、不器用役者の大河主演への道

映画やドラマでよく見かけるようになったあの人、その顔、この名前。どんな人?と気になってるけど、誰に聞いたらいいのやら。心配無用、これさえ読めば、もう大丈夫。ひとシネマが、お教えします。

SYO

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2025年放送の「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」にてNHK大河ドラマ初出演にして初主演を飾る横浜流星。9月に28歳の誕生日を迎えた彼はいま、驚異的なスピードで次なるフェーズに向かっている。先ごろ発表された第49回報知映画賞では、最新主演映画「正体」で主演男優賞を受賞。同作は作品賞と助演女優賞(吉岡里帆)含めて3冠を達成しており、人気と実力を兼ね備えた分厚さは増すばかりだ。


藤井道人監督との出会いと協働

キャリア初期に特撮ヒーロー作品「仮面ライダーフォーゼ」や「烈車戦隊トッキュウジャー」に出演し、19年放送の恋愛ドラマ「初めて恋をした日に読む話」でお茶の間に浸透……と、ここだけをみればブレークの王道を踏襲しているように思えるかもしれないが、横浜の歩んできたキャリアは決して順風満帆なものではない。トーク番組などで「何千回もオーディションに落ち、全く仕事がなかった」と語っているように、10代は不遇の時期も経験している。

そんな時に出会ったのが、後に「新聞記者」で脚光を浴びる藤井道人監督だ。共にオムニバス映画「全員、片想い」の別々のパートに参加していた両者は、打ち上げの席で初対面。その後横浜が藤井の監督作「青の帰り道」のオーディションに合格し、初タッグ作が始動するのだが……撮影期間中に出演者が逮捕されたことにより撮影は中断、一時はお蔵入りの危機を迎える。

しかし諦めずに代役を立ててなんとか再始動させ、口コミを中心に長く愛される作品に。以降、藤井監督×横浜はバディーとして映画「DIVOC-12」「ヴィレッジ」「パレード」、ドラマ「新聞記者」「インフォーマ」、ロックバンドamazarashiの「未来になれなかったあの夜に」「スワイプ」MVや湖池屋「ピュアポテト」ほか各CM等々、幾多のメディアでコラボレーションを続けてきた。そうした流れもあり、横浜の出演歴は独自性の高いものになっている。


「正体」©︎2024 映画「正体」製作委員会

「器用ではないから」ストイックな役作り

近年では、「悪人」「怒り」の李相日監督と組んだ映画「流浪の月」、そして瀬々敬久監督×佐藤浩市との映画「春に散る」で新境地を開いた。前者では広瀬すず演じる恋人に暴力をふるってしまうDV彼氏のゆがみや弱さを体当たりで演じ、後者では成長していく若手ボクサー役を吹き替えなしでやりきった(撮影後にボクシングのプロテストに挑戦し、見事合格)。

横浜の身体能力の高さは折り紙付きで、中学時代には極真空手の世界王者を勝ち取っており、ドラマ「DCU」の撮影に際してはスキューバダイビングのライセンスを取得。刑務所から脱獄した死刑囚に扮(ふん)した「正体」でも冒頭、救急車で護送されている際にやおら暴れ出し、逃げおおせるシーンや東京都内のマンションに潜伏中に警察に見つかり、窓から飛び降りて街中を疾走するシーンなど、見ごたえたっぷりのアクションに挑戦する。

そんな横浜の信条は、役を「生きる」こと。自分が役を〝かぶる〟ような感覚ではなく、自分ごと役にスライドさせるような〝同化〟に近いものだ。そのため、彼は多忙の合間を縫って髪形や体形、身体の癖を毎回役に合わせて変えてくる。横浜ほどの人気俳優であればスケジュールは数年先まで決まっているはずで、その徹底がどれだけ大変かは容易に想像がつくだろう。あらゆる関係者から「ストイック」と呼ばれる半ば狂的なまでの役作りをなぜ貫くのか、以前彼に聞いた際に返ってきた言葉は「自分は器用ではないから」だった。


必死、決死、本物 脱獄囚の緊迫感

俳優にはさまざまなタイプがおり、一瞬でその人物に「なれる」あるいはそう「見せられる」器用な者もいる。対して本人は「自分はそうなれない。だから役を生きるために必要な作業をやっているだけ」と自己分析していた。それにしたって努力の枠を超えていると個人的には思うが、だからこそ我々は彼の芝居に対して〝ウソ〟を感じないのだろう。

全て必死で、決死で、本物。その横浜が日本中から追われる脱獄囚に扮したなら、臨場感と緊迫感はすさまじいものになるはず。「正体」の劇中でも、人付き合いを極端に避ける現場作業員、ナイーブなフリーライター、落ち着いた介護職員とさまざまな顔を見せるが、その奥には「ある目的のために動いている死刑囚」が通底している。その正体が垣間見えるとき、周囲からの印象が一変する――という部分も含めて、横浜の演技がもたらした貢献度はあまりにも大きい。

24年は「正体」に続いて韓国の人気ドラマを日本でリメークした「わかっていても the shapes of love」が12月9日よりABEMAやNetflixにて配信。翌25年には「べらぼう」に加えて、吉田修一の長編小説を李監督、吉沢亮との共演で映画化した「国宝」が控えている横浜。不器用かつ武骨な表現者でありながら多くのクリエーターに愛され、人々を魅了し、破竹の勢いを見せる希有(けう)な存在は、25年もさらなる境地を見せてくれることだろう。

ライター
SYO

SYO

1987年福井県生まれ。東京学芸大学にて映像・演劇表現を学んだのち、映画雑誌の編集プロダクション、映画WEBメディアでの勤務を経て2020年に独立。 映画・アニメ、ドラマを中心に、小説や漫画、音楽などエンタメ系全般のインタビュー、レビュー、コラム等を各メディアにて執筆。トークイベント、映画情報番組への出演も行う。

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  • 「天使のいる図書館」クランクインにあたり、奈良県広陵町立図書館で写真撮影に応じる(右から)横浜流星、小芝風花、ウエダアツシ監督=広陵町三吉で2016年10月11日、藤原弘撮影
  • 「春の藤原まつり」に参加し、馬上から歓声に応える義経役の横浜流星=岩手県平泉町で2017年5月3日、和泉清充撮影
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