「HOKUSAI」

「HOKUSAI」©︎2021 HOKUSAI MOVIE

2021.5.27

この1本:「HOKUSAI」 若き独創、老いの気骨

毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。

「富嶽三十六景」などで知られる江戸時代の絵師、葛飾北斎の伝記映画には違いないが、堅苦しさや説教臭さはほとんどない。一人の男の信念と熱情を描いたエンターテインメントとして、北斎や時代劇好きでなくとも楽しめる作りになっている。
青年期の北斎を柳楽優弥、老年期を田中泯が演じる。北斎は版元の蔦屋重三郎(阿部寛)から目を付けられるが、喜多川歌麿(玉木宏)や東洲斎写楽の力量に打ちのめされ旅に出る。「なぜ絵を描くのか」「何を描きたいか」。絵を描くことにとりつかれながらも、いらだち混迷する若者の姿は時代や世界を超えて通じるものがある。

老年期には、脳卒中で倒れても、震える体で再び旅に出て創作意欲をたぎらせる。同志だった戯作(げさく)者の柳亭種彦(永山瑛太)が幕府に処刑された日も「こんな日だから、絵を描く」と筆を執る気骨の持ち主だ。
描きたいものしか描かないという変わり者からその独創性を極めていく柳楽、重厚なたたずまいに加え、時に狂気をも体中に宿す田中へと変わっていく主役2人の「連携」にも違和感はない。それは、圧倒されるほどの2人の目力の強さにも起因するが、遊郭の絢爛(けんらん)たる室内や北斎の妻(瀧本美織)のかいがいしさ、海や山に溶け込むように自然の中を歩く北斎の引きの映像が息苦しさを薄め、穏やかな空気感で作品を包み込んでいるからでもある。

橋本一監督は、さらに北斎に「人が喜ぶものを描くのは悪いことか」とお上の圧政を非難させ、「描きてえもんを吐き出して人の心を打つ。冥利に尽きる」と現代の表現者へのエールも語らせる。今や世界に冠たる芸術家とされる北斎だが、その根底には人としての魅力と自由、衰えることのない探究心が息づいていると言いたげだ。2時間9分。神奈川・TOHOシネマズららぽーと横浜、滋賀・大津アレックスシネマほか。(鈴)

ここに注目

新藤兼人監督の「北斎漫画」(1981年)では、北斎はエロスを創造の源に、煩悩にまみれ芸術を生み出した俗人として、喜劇調で描かれた。緒形拳が演じた北斎は、食えない老人だ。それに比べると、21世紀の北斎はずっとお行儀が善い。
今作は、北斎が独創を得る瞬間を映像化したのが趣向だろう。海に入って波をつかみ、往来の大風に人々の瞬時の姿態を発見する。独特の青色を手に入れる。ロングとアップ、瞬間と連続、時間の伸縮と、映画ならではの技術と手法を駆使して、天才画家の目を分かりやすく見せる。(勝)

技あり

巻頭の北斎の紹介が面白い。山中貞雄監督・三村明撮影の「人情紙風船」(1937年)の長屋と似たオープンセット。歴史の継承だ。正面は目隠しの家、両側に長屋が並び、途中に水場。左奥が北斎宅。中で花を写生する北斎のアップに字幕「壱の章」。衣類に無頓着な北斎が小ぎれいなのは「映画のウソ」と見逃そう。大きなウソは絢爛(けんらん)豪華な料亭で、床を背負った歌麿、酌をする写楽と重三郎、奥に北斎が見える場面。背景が派手で人物が浮きにくいが、文化の担い手が一堂に会し、イメージが膨らむ。ニホンマツアキヒコ撮影監督。(渡)

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