ハラハラドキドキ、謎とスリルで魅惑するミステリー&サスペンス映画の世界。古今東西の名作の収集家、映画ライターの高橋諭治がキーワードから探ります。
2024.6.08
パリ五輪直前 サメが直撃! リアリズムで迫る環境汚染告発モンスターパニック「セーヌ川の水面の下に」
映画業界の夏の風物詩というべきサメ映画は、一部のファンの根強いニーズに支えられ、これまで膨大な数の作品が作られてきた。しかし、動物パニック映画が大好物の筆者には不満がある。さしたるプロットの工夫もなく、サメの凶暴性やサイズのデカさばかり誇張したり、遺伝子操作などで改造された変種ザメの異形ぶりを売り物にした荒唐無稽(むけい)な作品が目立ち、いまひとつ食指が動かないのだ。
「どこに」「いつ」現れるか?
このジャンルの作り手たちは、サメそのものより、もっと「サメをどこに出現させるか」に頭をひねるべきではないか。サメ映画の原点であり、比類なき最高傑作として名高いスティーブン・スピルバーグ監督作品「JAWS/ジョーズ」(1975年)が恐ろしかった理由は、真夏の海水浴場という市民の日常空間に人食いザメが現れたからだ。
Netflixオリジナルの最新サメ映画「セーヌ川の水面の下に」(2024年)は、サメが現れる〝場所〟のみならず、「いつ現れるか」という〝時期〟にもこだわった一作だ。周知の通り、フランスの首都パリでは今年7月にオリンピックが催される。そんな例年以上に世界の注目を集めるであろう花の都の象徴、セーヌ川にサメが出没し、危機的な事態を引き起こすパニックサスペンスである。
パリ在住の海洋生物学者ソフィアが、環境保護団体メンバーの若い女性ミカから驚くべき情報提供を受ける。3年前にソフィアが北太平洋で追跡調査を行っていた巨大なアオザメが、なぜかセーヌ川にさまよい込んでいるというのだ。折しもパリでは、オリンピックのプレイベントであるトライアスロン世界大会の開催を間近に控えていた。やがて体をまっぷたつに食いちぎられたような男性のむごたらしい遺体が発見され、ソフィアはセーヌ川の警備を担当する水上警察の指揮官アディールとともに、パリ市長に大会の中止を訴えるが……。
カンヌ受賞・ベレニス・ベジョ主演! シリアスタッチ
あるトラウマを抱えた主人公ソフィアを演じるのは、「アーティスト」(11年)で米アカデミー賞助演女優賞にノミネートされ、「ある過去の行方」(13年)でカンヌ国際映画祭女優賞を受賞したベレニス・ベジョ。サメ映画らしからぬこのキャスティングから察せられるように、本作はコメディーでもSF映画でもない。「もしもオリンピック直前のセーヌ川にサメが現れたら」という状況設定をシリアスなタッチで描いていく。
現代的な環境問題を取り入れたアイデアもいい。気候変動やプラスチックごみによる海洋汚染がもたらした生態の変化により、リリスと名付けられたアオザメはセーヌ川の淡水に適応した。またソフィアらは、あらかじめリリスに装着されているビーコン(位置情報を知らせる小さな電子機器)の信号をパソコンで確認しながらサメの捜索を繰り広げていくのだが、協力者と思われた環境活動家のミカが暴走。人命よりもサメの命、すなわち動物保護を最優先とする彼女の常軌を逸した行動が、とんでもない災いを招いてしまう。
実際にかねて水質汚染が問題視され、市民の遊泳が禁止されているセーヌ川の水面下は濁りきっていて視界不良。パリにはカタコンベと呼ばれる有名な地下納骨堂があるが、その地下貯水池とセーヌ川がつながっているという意外な事実が判明し、ソフィアと水上警察は次々と思わぬ困難に見舞われる。中盤までこれといった派手な見せ場がなく、サメの恐怖を表現するうえで最も有効な一般市民の視点が取り入れられていないことは本作の難点だが、それでも一定の緊迫感が持続するのはリアルな捜索描写ゆえだろう。
よく撮影許可が出たものだ
来る7月のオリンピック本番では、セーヌ川は開会式、トライアスロン、マラソンスイミングの会場となる。今ごろ、テロなどの安全対策にしゃかりきになっているであろうパリ当局は、よくもこんなパニック映画に撮影許可を出したものだ。本作のロケーション情報にはパリのほか、ベルギーのブリュッセルもクレジットされているので、一部のシーンはそちらを代替地にしたか、CGを活用した可能性もあるが、劇中にはエッフェル塔を背景にしたワイドショットなどがふんだんに盛り込まれ、現地で〝オールロケ〟されたかのような仕上がりだ。
加えて、劇中には「JAWS/ジョーズ」でマーレイ・ハミルトンが演じた人気取り市長を彷彿(ほうふつ)とさせる女性市長が登場し、ソフィアらの警告をせせら笑ってトライアスロンの大会を強行する。現職のパリ市長アンヌ・イダルゴも女性だけに、そんなにも露骨に権力者を小バカにした描き方をして抗議を受けたりしないものかと、見ているこちらが妙にハラハラしてしまう。
ちなみに監督を務めたのは、フレンチホラーの牽引(けんいん)者のひとりで、バイオレントなゴア描写で知られるザビエ・ジャン。今回はいつになく抑制した演出に徹しているなと思いきや、案の定、クライマックスではセーヌ川が血に染まる怒涛(どとう)の殺戮(さつりく)スペクタクルがさく裂する。まさに〝今こそ見るべき〟サメ映画だ。
Netflix映画「セーヌ川の水面の下に」は独占配信中