「フレイルティー 妄執」TM & COPYRIGHT©2003 BY PARAMOUNT PICTURES.  All Rights Reserved

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2022.9.04

最も過小評価されているスリラー 「フレイルティー 妄執」:謎とスリルのアンソロジー

ハラハラドキドキ、謎とスリルで魅惑するミステリー&サスペンス映画の世界。古今東西の名作の収集家、映画ライターの高橋諭治がキーワードから探ります。

高橋諭治

高橋諭治

「神の声が聞こえた」。殺人事件の容疑者が逮捕後にこのような動機を語ることは、現実社会においてもしばしば起こりうるケースだ。その殺人者は心を病んでいるのか、精神疾患を装っているのか、それとも本当に〝神の声〟を聞いたのか? 今回紹介する「フレイルティー 妄執」(2001年)は、まさしくそんな怪事件の行く末を描くミステリースリラーである。


キーワード「信用の置けない語り手」

このいささか複雑な構造を持つ映画は、ある深夜、テキサス州ダラスのFBI支局にフェントン・ミークス(マシュー・マコノヒー)という青年がやってくるところから始まる。フェントンは応対したドイル捜査官(パワーズ・ブース)に、彼が担当する〝神の手連続殺人事件〟の犯人を知っていると告げる。そしてフェントンはいぶかしむドイルに、約20年前の恐ろしい体験を語り始める。
 
当時のフェントンは10代前半の少年で、小学生の弟アダム、自動車修理工の心優しい父(ビル・パクストン)とともに暮らしていた。ところがある日突然、天使を見たという父親が、神から〝悪魔を滅ぼせ〟との使命を与えられたと言い出し、フェントンの平穏な日常は一変。やがて父親は2人の息子を巻き込んで、血生臭い悪魔退治を始めるのだった……。
 

「人殺しではない。悪魔を滅ぼしている」

新人ライターのブレント・ヘンリーが手がけたオリジナル脚本は、現在と過去のふたつのパートで構成されている。とりわけ強烈なのは過去のパートで、悪魔退治という使命の遂行に没頭する父親と、その手伝いを強いられる子供たちの運命が描かれていく。父親はある納屋で見つけたおの、手袋、金属パイプを、神から与えられた三つの武器だと称し、本当に悪魔退治を実行してしまう。しかし悪魔はごく普通の人間の姿をしているので、フェントンや私たち観客の目には〝殺人〟として映る。それでも父親は「人殺しではない。悪魔を滅ぼしているのだ」と言い張り、まだあどけないフェントンの弟アダムも父親に同調する。
 
純真な子供たちがひどい目に遭うことからも、このうえなくアンモラルで異常な話なのだが、直接的な暴力描写はまったくない。家族の中で孤立していくフェントンは、逃げ出したい衝動に駆られるが、愛する弟を見捨てるわけにはいかない。そんなフェントンの焦燥がリアルに表現され、父親は息子たちを思いやる善良なテキサス人として描かれている。その点において、実に繊細で巧妙なサイコロジカルスリラーだ。
 

父親は〝神の声〟を聞いたのか?

その一方で、本作には叙述トリックが仕組まれている。モノローグ付きで物語の語り手を演じるのは、いかにも謎めいた風情のマシュー・マコノヒー。彼はいわゆる〝信用の置けない語り手〟であり、ある秘密を隠し持っている。その秘密は終盤に〝驚愕(きょうがく)の真実〟として解き明かされるのだが、これには心底ド肝を抜かれる。あまりにも想定外の〝真実〟にしばしぼうぜんとし、本編を最初から見直したくなるほどだ。また、信仰というスピリチュアルな要素をはらむ本作は、スリラーとホラーのジャンルの境目に位置づけられる異色作でもある。
 
〝神の手連続殺人事件〟というネーミングになぞらえて、劇中には〝手〟のモチーフが頻出する。例えば、父親は悪魔の姿をした人間に〝手〟で触れると、その悪魔が過去に犯した残酷な所業のビジョンが見えると言う。当初の脚本では悪魔退治のシーンごとにビジョンを映像化する予定だったが、ビル・パクストン監督は友人であるジェームズ・キャメロンの助言に従い、それら複数のビジョンをクライマックスでまとめて見せる構成に変更した。そしてあっと驚くそのシークエンスでは、本稿の最初に記した「殺人者は本当に神の声を聞いたのか、それとも……」という問いの答えが描かれるのだ。
 

俳優ビル・パクストン念願の監督デビュー

ジェームズ・キャメロンの「エイリアン2」(86年)、「タイタニック」(97年)や「アポロ13」(95年)、「ツイスター」(96年)などで知られる俳優ビル・パクストンにとって、本作は念願の監督デビュー作となった。過去に共演経験がある実力者のマコノヒー、ブースを主要キャストに起用しつつ、マット・オリアリー、ジェレミー・サンプターという子役の好演を引き出した確かな演出力は、心理描写やサスペンスの面でも遺憾なく発揮されている。南部ノワールと呼ぶにふさわしい映像のルックを創出した「JAWS/ジョーズ」(75年)、「カプリコン・1」(77年)のベテラン、ビル・バトラーの撮影、不穏なスリルを醸成したブライアン・タイラーの音楽も素晴らしい。
 
前述したように、本作は極めてアンモラルで異常な物語でありながら、見ているこちらは登場人物にぐいぐい感情移入させられ、画面からひとときも目が離せない。ラストシーンで描かれる〝信用の置けない語り手〟の正体の衝撃性といい、並外れた独創性に満ちている。にもかかわらず、いまだ本作の存在さえ知らない映画ファンは少なくない。ひょっとすると「フレイルティー 妄執」は、今世紀において最も過小評価されているスリラーのひとつなのかもしれない。


 
「フレイルティー 妄執(スペシャル・コメンタリー・エディション)」はNBCユニバーサル・エンターテイメントからDVD発売中。1572円。

ライター
高橋諭治

高橋諭治

たかはし・ゆじ 純真な少年時代に恐怖映画を見すぎて、人生を踏み外した映画ライター。毎日新聞「シネマの週末」、映画.com、劇場パンフレットなどに寄稿しながら、世界中の謎めいた映画、恐ろしい映画と日々格闘している。