7月にロサンゼルスで行われた「バービー」のワールドプレミア上映に臨んだグレタ・ガーウィグ監督(右から3人目)とマーゴット・ロビー(同4人目)ら主演者。「バービー」は全国公開中©2023 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved.

7月にロサンゼルスで行われた「バービー」のワールドプレミア上映に臨んだグレタ・ガーウィグ監督(右から3人目)とマーゴット・ロビー(同4人目)ら主演者。「バービー」は全国公開中©2023 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved.

2023.8.21

バービーの髪の毛はなぜキノコ雲になったのか:後編 表現の自由は「炎上」を避けられない

映画の魅力は細部に宿る。どうせ見るならより多くの発見を引き出し、よりお得に楽しみたい。「仕事と人生に効く 教養としての映画」(PHP研究所)の著者、映画研究者=批評家の伊藤弘了さんが、作品の隅々に目を凝らし、耳を澄ませて、その魅力を「よくばり」に読み解きます。

伊藤弘了

伊藤弘了

同時期にヒットした「バービー」と「オッペンハイマー」に重ねて、原爆のイメージとバービー人形を組み合わせたミームがSNS上で炎上した。これに限らず、原爆のイメージと女性は結びつきやすい。前編で「バーベンハイマー」現象の背景をひもといた「よくばり映画鑑賞術」。後編では、米国だけでなく日本でも、原爆のイメージがさまざまに用いられていることを見ていく。
 
「バービーの髪の毛はなぜキノコ雲になったのか:前編」はこちらから。
 

「ビキニ」と「原爆カクテル」

さて、原爆のイメージを女性と結びつけた代表的な例としては「ビキニ」を挙げることができる。一般にセパレート・タイプの女性用水着を指す言葉として普及しているが、もともとは地名である。1946年にアメリカの戦後初の原爆実験(クロスロード作戦)の場所に選ばれたのがマーシャル諸島のビキニ環礁だった。その実験の直後にフランスで発売された水着が「ビキニ」と命名されたのである。布地面積の小ささが与える衝撃の大きさを原爆になぞらえているというわけだ。


ビキニで行われた第2回原爆実験=1946年7月
 
ビキニ環礁ではその後、何度も核実験が繰り返される。なかでも54年3月1日に実施された水爆実験(キャッスル作戦のブラボー実験)は悪名高い。このとき、日本のマグロ漁船、第5福竜丸が実験に巻き込まれて23名の乗組員が被曝したのである。この事件は同年11月3日に公開された「ゴジラ」(本多猪四郎監督)の着想元となっている(今年の11月3日には山崎貴監督によるゴジラの新作「ゴジラ-1.0」の公開が控えている)。
 
「ビキニ」と同様の発想はスリム・ゲイラードが45年に発表した楽曲〝Atomic Cocktail〟の歌詞にも表れている。アトミック・カクテル(原爆カクテル)は、同じ州内にネバダ核実験場を擁したラスベガスを中心に50年代に人気を博したカクテルの名前である(ゲイラードの楽曲がカクテルの名前の由来になっているという説もある)。〝Atomic Cocktail〟では「カブトムシのように小さく、クジラのように大きい」というフレーズによって、少量のカクテルと、それがもたらす衝撃の大きさを対比させて表現している。
 
この楽曲はアメリカと核兵器をテーマにしたドキュメンタリー映画「アトミック・カフェ」(ケビン・ラファティ、ジェーン・ローダー、ピアース・ラファティ監督、82年)の劇中でも、原爆カクテルに関連した映像に合わせて使用されている。「boom」という擬音語の歌詞のタイミングで、バー・カウンターの上に立つハイヒールを履いた女性のものとおぼしき脚のショットに切り替わる。軽く広げた脚のあいだからちょうど「ATOMIC Cocktail」のポスターが見える構図になっている【図5】。ここでも原爆と女性身体が比喩的に結びつけられているのである。


【図5】「アトミック・カフェ」ケビン・ラファティ、ジェーン・ローダー、ピアース・ラファティ監督、1982年(DVD 、竹書房、2004年)。
 

終戦直後の長崎でも開催された「ミス原爆美人コンテスト」

50年代のラスベガスは核兵器を観光資源にしていた(「原爆カクテル」もその一環である)。核実験の見学ツアーが組まれ、「ミス原爆」コンテストなる美人コンテストまで開催されていた。ただし、原爆をモチーフにしたミスコンが行われていたのはアメリカに限った話ではない。終戦直後の長崎では、進駐軍も参加して「ミス長崎」のコンテストが開催されており、アメリカ側がそれを「ミス原爆美人コンテスト」と呼んでいたという証言が残っている。敗戦国の国民として甘受しなければならなかったグロテスクな現実を思うと眩暈(めまい)がする。また、2000年代以降のロシアでも「ミス・アトム」コンテストが行われている。
 
ラスベガス出身の世界的ロックバンドであるザ・キラーズは、12年にその名もズバリ〝Miss Atomic Bomb〟という楽曲をリリースしている。楽曲のジャケットは、1950年代のミス原爆コンテストに関連する写真を下敷きにしたものだ【図6】。また、ミュージック・ビデオのアニメーションのパートには、キノコ雲をかたどったヘルメットをかぶるダンサーたちが大量に登場するシーンがある【図7】。これらのイメージは「バーベンハイマー」のコラージュ画像を支える想像力と一直線につながっている。


【図6】ザ・キラーズの楽曲〝Miss Atomic Bomb〟のジャケット(2012年リリース)。Ultratop(French)「The Killers – Miss Atomic Bomb」、https://www.ultratop.be/fr/song/103e1a/The-Killers-Miss-Atomic-Bomb(最終閲覧日2023年8月10日 )。
 


【図7】「The Killers - Miss Atomic Bomb」(TheKillersMusic)、https://youtu.be/Qok9Ialei4c(最終閲覧日2023年8月10日)。
 

ザ・キラーズが日本で歌わなかった〝Miss Atomic Bomb〟

ただし、〝Miss Atomic Bomb〟は決して原爆をちゃかした楽曲ではない。そこで語られるのは、もう二度とは戻れない青春期の哀切を極めた恋愛模様である。彼女のまばゆさ(美しさ)や、彼女がもたらした衝撃、熱気、高揚感、彼女の裏切り、彼らが勝利をかすめとった一瞬の栄光、そのはかなさなどを原爆のイメージに重ねて鮮やかに描き出しており、感動的とさえ言える内容である。多くのリスナーの共感を集めたことは想像に難くなく、じっさい「ローリング・ストーン」誌の読者投票ではこの曲が2012年の1位に輝いている。
 
ザ・キラーズは〝Miss Atomic Bomb〟を含むアルバム〝Battle Born〟をリリースした翌年の13年に、2日間にわたって来日公演を行っているが、いずれのセットリストにもこの曲は入っていない(ヨーロッパの国々では演奏されているし、ライブの様子は公式アカウントが編集してアップしているTour Video[https://youtu.be/6GvtvQ807uk]で視聴できる)。18年に日本武道館で公演した際にも披露されなかった。
 
つまり、ザ・キラーズは被爆国である日本に配慮してライブ演奏からこの曲を外した可能性が高いのである。もちろん、バンドのファンであれば不謹慎に感じることはなかったかもしれないし、むしろ演奏されなかったことを残念に思ったかもしれない。すでに楽曲として全世界に公開されている以上、的外れな対応と言えなくもないし(私個人としては外さなくてもよかったと思う)、あるいは、あくまでプロモーション上のビジネスライクな判断に過ぎないのかもしれない。そうであったとしても、少なくとも「ところ変われば受け取られ方も変わりうる」ことに想像を及ばせたバンド側の姿勢は評価に値するものだと思う。
 

限定販売だったアーバンギャルドの「原爆の恋」

日本のポップロックバンドであるアーバンギャルドに「原爆の恋」という楽曲がある。「ピカピカピカドンドンドン」というフレーズから始まるこの曲は、明確に「原爆」のイメージを意識しており、それを「恋の御し難さ」になぞらえている。
 
この曲は「少女KAITAI」という15年にリリースされたミニアルバムに収録されているが、センシティブなテーマであることを踏まえて、販路を通販とライブ会場に限っている(地下販売)。これについて、バンドのリーダーを務める松永天馬はインタビュー(https://skream.jp/interview/2015/12/urbangarde.php)で「『原爆の恋』という曲も誤解を招きそうなので、クローズにしてCDをちゃんと手に取ってくれた人に伝わればいいな」と答えている。炎上目的のやじ馬を避けることで、届くべき人にきちんと曲が届くようにしたかったということである。努めて冷静で誠実な判断だと思う。
 
現在はYouTubeの公式チャンネルで楽曲(https://youtu.be/dBil3LiDLrc)を聴くことができる。また、ミニアルバムと同じ年の12月に出たアルバム「昭和九十年」の初回限定版には「原爆の恋」のLIVE VIDEOを含む特典DVDが付いている。
 

境界線の見えない「表現の自由」

表現はどこまで許容されるのか。私自身は原則としてあらゆる表現行為は認められるべきだと考えている。ただし、物事には常に例外がある。両者のあいだに明確な一線を引くことは容易ではない。国家による検閲やそれに準じる公的な圧力による表現規制が極力避けるべきものであるのは当然として、異論や反論(当然これらの表現も認められる)の集積が結果としてある表現を潰してしまうことはありうる。
 
営利企業の場合はビジネス上の判断からクレームに耳を傾けざるをえない側面もあるだろうし、そうでない組織であっても運営上の障害になりかねないなどの総合的な判断によって取り下げざるをえなくなるかもしれない。どれほど気をつけていても、そうした事態は必ず生じる。問題が発生したら、その都度、ケース・バイ・ケースで向き合っていくしかない。
 
同じ表現でも時代や文化によって受け止め方は変化する。細心の注意を払っても「炎上」を完全に防ぐことはできないし、逆にとことんまで攻めても話題にならないこともある。映画「バービー」の公式アカウントも、別に日本人に向けてメッセージを発していたつもりはなかっただろう。アメリカ国内だけで完結していればおそらくここまでの問題にはなっていない。その意味では、映画とSNSの特性上、宛先として想定していない層にまで届いてしまった不幸な事故という見方もできる。
 

事態の深刻さ示す〝アトミック〟

比較的近年に公開されたハリウッド映画に「アトミック・ブロンド」(デビッド・リーチ監督、17年)がある。主としてベルリンの壁崩壊前夜のスパイ戦を描いたこの映画は、原爆そのものとは直接関係がない。その代わりにセリフのなかに「Atomic bomb of information」というフレーズが出てくる。敵方に渡ってしまった活動中のスパイのリストを「原子爆弾級の情報」と形容することで、事態の深刻さを表現しているのである。
 
一方、映画のタイトルに用いられている「アトミック」は「ブロンド」を修飾している。すなわち、ブロンドの髪を持つ本作の女性主人公ローレン・ブロートン(シャーリーズ・セロン)が、情報員としても、また、女性としても「原子爆弾級の破壊力を持つ」ことをほのめかしている。映画の序盤には、彼女が氷風呂に身を沈めるシーンが2回ある。時系列的には、最初の入浴の方があとの出来事になっている。激しい戦闘を繰り返し、全身に青あざを作っている彼女はその傷を鎮めるために冷水につかっているようである。それは同時に、氷風呂は彼女の衝動が臨界点に達して暴発するのを防ぐための冷却水のようにも見える【図8】。


【図8】主人公のローレン・ブロートン(シャーリーズ・セロン)は、大量の氷水が張られたバスタブに全身を沈める。劇中には同様のシーンが2度出てくる。「アトミック・ブロンド」デビッド・リーチ監督、2017年(DVD、Happinet、2018年)。
 

男性社会が生んだ比喩表現

ほかにも我々の文化は「(超)ド級の美少女」や「地雷女」といった表現を持っている。いずれも、兵器や武器のイメージを比喩的に女性に当てはめたものである。ちなみに「ド(弩)級」の由来は、1906年に就役したイギリスの戦艦ドレッドノートにあると言われている。巨大で強力だったこの艦と同一規模の戦艦を「弩級戦艦」、それを超える規模のものを「超弩級戦艦」と呼称した。「ド級」にしろ「地雷」にしろ、女性以外を形容することも当然ある。だが、男性に比べて、使用頻度は明らかに女性の方が高い印象を受ける。
 
言葉によって認識世界を作り上げる人間は、必然的に比喩表現を多用することになる。その際、兵器(爆弾)の破壊的なイメージはしばしば女性と結びつけられ、それを強調するために用いられる。そのこと自体は、人間のごく自然で素朴な想像力の帰結である。しかし、素朴な想像力の発露にすぎないものは、ときとして別の何かをひどく毀損(きそん)してしまう。そのときに、理性によってイメージの比喩的な転用を押しとどめることができるかどうか(イメージの連想ゲームには快楽がともない、しばしば理性の働きを阻害する)。常に参照できるような万能のガイドラインは存在しない。だから我々は常に考え続けなければならない。
 
言葉(表象)にはその社会の歴史や文化、価値観などがべったりと貼りついている。ネガティブな由来を持っていたり、政治的に正しくなかったりする言葉(表象)を片っ端から排除していけば済む話ではない。表現行為にまつわる「折衝」の道のりには、原理的に終わりが存在しない。衝突や対立、ときには一時的な分断を招くこともあるだろうが、自分が何気なく使っている言葉やイメージの背景にあたう限り自覚的であろうとする姿勢は、近代人として我々が引き受けるべきせめてもの倫理であると思う。

ライター
伊藤弘了

伊藤弘了

いとう・ひろのり 映画研究者=批評家。熊本大大学院人文社会科学研究部准教授。1988年、愛知県豊橋市生まれ。慶応大法学部法律学科卒。京都大大学院人間・環境学研究科博士後期課程研究指導認定退学。大学在学中に見た小津安二郎の映画に衝撃を受け、小津映画を研究するために大学院に進学する。現在はライフワークとして小津の研究を続けるかたわら、広く映画をテーマにした講演や執筆をおこなっている。著書に「仕事と人生に効く教養としての映画」(PHP研究所)。