出版社が映画化したい!と妄想している原作本を担当者が紹介。近い将来、この作品が映画化されるかも。
皆様ぜひとも映画好きの先買い読書をお楽しみください。
2023.9.01
自らも当事者と公表した作家が描く、性的マイノリティーたちの建前と本音「100日後に別れる僕と彼」
破局したゲイの青年ふたりが、ドキュメンタリー番組のカメラの前で100日間仲のいいカップルを演じたらどうなるか? 今回、紹介させていただく浅原ナオトさんの最新作「100日後に別れる僕と彼」は、一見、そんなたわいもないストーリーです。
「あることがきっかけで世間の注目を集めることになった春日佑馬と長谷川樹のゲイのカップル。若き女性映像ディレクターの茅野志穂は、そんな彼らの生活を、性的マイノリティーに対する偏見問題を啓発するドキュメンタリー番組の制作のため、のべ100日にわたって撮影することになった。実は佑馬と樹は破局していたが、番組の志に賛同し、あえて取材を受けることにしたのだった。そこから仲のいいカップルを演じるふたりの、偽りの100日間が始まる。撮影は順調に進むが、やがてふたりの間の溝が徐々に姿を現し始め・・・・・・」
でも、この物語は、多様性という言葉に覆い隠された、同性愛に対するステレオタイプな視線の存在を、静かに気付かせてくれます。ムービーカメラ越しに描かれる佑馬と樹の関係は、「性的マイノリティーの恋愛」で語られがちなピュアな聖域ではなく、嫉妬や嫌悪、浮気もある、きれいだけではない若者たちの「普通の日常」です。ふたりはそんな普段どおりの、ありのままの姿をカメラの前にさらすことで、性的マイノリティーに向けられる先入観や偏見を取り払おうと考えたのでした。でも、偽りの関係を演じるという無理はいつまでも続くはずはありません。もともとこの撮影に乗り気でなかった樹が、部屋に別の男の子を連れ込んだことが引き金となり、企画は破綻します。
「何が間違っていたのか、私は何を見ていたのか」、自責の念に駆られる志穂は自問自答し、やがて彼らと向き合ってきた己の姿勢に重大な間違いがあることに気づくのでした。そして、ひとつの答えにたどり着きます。ここで私は思うのです。志穂が導き出した答え、それこそが、自らも性的マイノリティーであることを公表し活動していた著者が考える、偏見をなくすための「最適解」であり「希望」なのではないかと。
シリアスであっても悲壮感はない、コミカルであってもおふざけではない、生々しい汗の匂いはあってもいやらしさはない――複雑なテーマを、軽快な筆致でエンタメに仕上げた著者の力量はさすがの一言。
建前と本音の間で揺れる佑馬と樹、時代錯誤の昭和な上司に不満を抱えながらふたりに向き合う志穂、そんな彼女にひそかな思いを寄せる駆け出しカメラマンの青年・山田……さまざまな思いが交錯する100日間の記録は、歪(いびつ)で寂しくもいとおしい多様な現代社会の縮図です。あらゆる場面で多様性が叫ばれる今、そんな本作を映像化してほしいと強く思うのです。
ちなみに、この「100日後に別れる僕と彼」の実質的な発売日であった5月17日は、「LGBT嫌悪に反対する国際デー ~多様な性にYESの日~」でした。そして浅原ナオトさんは、去る7月16日、ご病気のため惜しまれつつ旅立たれました。