第76回毎日映画コンクール 日本映画大賞・監督賞 「ドライブ・マイ・カー」濱口竜介監督

第76回毎日映画コンクール 日本映画大賞・監督賞 「ドライブ・マイ・カー」濱口竜介監督

2022.2.14

日本映画大賞・監督賞「ドライブ・マイ・カー」濱口竜介 「面白いと思うものを作る」信念が世界を席巻

日本映画大賞に「ドライブ・マイ・カー」

男優主演賞 佐藤健「護られなかった者たちへ」
女優主演賞 尾野真千子「茜色に焼かれる」


第76回毎日映画コンクールの受賞作・受賞者が決まりました。2021年を代表する顔ぶれが並んでいます。受賞者インタビューを順次掲載。
1946年、日本映画復興を期して始まった映画賞。作品、俳優、スタッフ、ドキュメンタリー、アニメーションの各部門で、すぐれた作品と映画人を顕彰しています。

勝田友巳

勝田友巳

感情排して「本読み」を徹底 演出法で独特のリアリズム

毎日映画コンクール日本映画大賞を受賞し、濱口竜介監督が監督賞も受賞した「ドライブ・マイ・カー」。カンヌをはじめとする国際映画祭、米国のアカデミー賞で作品賞など4部門にノミネートを果たすなど、2021年を代表する1本となった。「面白いと思うものを作ってきた」という揺るがぬ姿勢に、世界が追いついたようだ。

村上さんの世界はリアリズムではやれない

「20、30年後、もしかしたらもっと先、長い時間を超えて作品が残ってほしい。そのためには〝洗礼〟を受けなきゃいけない。賞をいただくのはその矢面に立つことで、ありがたいと思います」

上映は21年8月からロングランを続けている。21年末、米国各地の映画賞で立て続けに受賞し、観客動員に弾みが付いた。「上映館が増えているのは賞のおかげ。複雑な映画だから日本でそんなに売れやしないと思っていたので、どこかの映画祭が見つけて評価してくれたら、非常にありがたいとは思っていました。それで観客が映画館に向かうといいなと期待していましたが、これほどの広がりを持つとは。特にアメリカで評価されるのは驚きです」

村上春樹の小説の映画化をプロデューサーに持ちかけられ、短編「ドライブ・マイ・カー」なら、と提案した。もともと村上作品は好きで、この短編の発表時(13年)に読んでいた。「(登場人物が)車中の会話で親密になっていくといったモチーフは、自分もそれまでに扱っていて、当時も映画化できる題材かもしれないと思っていました」。だがいざ実現となると、短編小説単独での長編映画化は難しい。そのため、村上の二つの短編「シェエラザード」と「木野」を合わせて脚色した。「村上さんの世界は独特で、リアリズムではやれない。リアルな方に置き換えたら食い違いが出てくるから、その世界と調和するようにテキストや展開を考えなきゃいけない」。小説の世界観を保ちながら、自身の物語を構築した。

演出家の家福(西島秀俊)は妻を亡くした後、国際演劇祭で多言語のセリフで演じられる舞台「ワーニャ伯父さん」を手掛ける。運転手のみさき(三浦透子)、妻の浮気相手とみられる俳優の高槻(岡田将生)らとの対話を通して、家福が妻の死と向き合うまでを描く。

映画の中で家福が行っている演出には、濱口監督の「流儀」が感じられる。撮影前、俳優に感情を排して脚本を読みこませ、セリフが体に染み込んだところで自由に演じさせる。抑揚の少ないセリフ回しに繊細で複雑な喜怒哀楽が表現されて、濱口映画は独特の味わいを持つ。

多義的な脚本を、記号的でない声で表現する

「脚本は読めば読むほど多義的になりますが、それが面白さだと思います。けれどつまらない演技をされるとその多義性は損なわれて、一義的なものができてしまう。うれしいとか悲しいとか、平板で記号的な表現の声が出てくるんです」。俳優たちがセリフを意識せずに話せるようになれば、おのずと感情が乗るという。「演技の場では、俳優の相互作用によって多義性が出てきます。そこで『これってこういう意味なんだ』ということが出てくるのが大事だと思っています。その時、声は単なる記号的な表現ではない、ふくよかさを持っている気がしています。それを撮影しながら感じているし、声の情報量が、字幕を読みながら映画を見る人にも伝わるんじゃないかな」

商業的な映画とは一線を画す作品を作り続けている。上映時間一つ見ても、型破りだ。「ドライブ・マイ・カー」は約3時間の長尺。15年、ロカルノ国際映画祭で最優秀女優賞を得た「ハッピーアワー」は5時間超。一方、21年にベルリン国際映画祭で銀熊賞を受賞した「偶然と想像」は短編(1本40分)3本から成るオムニバスだ。だが「芸術的な映画を」という気負いは感じられない。

「芸術を目指すほど高尚ではありません。製作のためにお金を出した人が損しないのが望ましいと思っています。ショービジネスのいかがわしさが、映画の魅力だということも否定しません。自分が面白いと思うものを、観客にも面白いと感じてもらえるように作っています。無理にそう思わせることはできません。一方で、自分が面白くないものを作らなきゃいけないとなると、何かがおかしくなる。気付いてもらえれば売れるだろうけれど、受け入れられなければやりようがない。たまたま時流と合っている、運がよかったのだと思います」

今後はますます「撮れる」状況になりそうだ。アイデアはたくさんあるのでは?

「面白さの基準が合う人がいれば、もちろん作りやすくなるでしょうが、本質的には変わらないのでは。題材は、意外とそんなにないんです。今回はプロデューサーからの提案だったし、自分が何をしたいかはよく分からなくて、出合いによって、こういうことやりたかったというのが出てきます。最低2年に1本ぐらい、そのペースなら、ベストかな」

「偶然と想像」は現在3作まで公開されているが、計7作の構想だ。「話の種はあるという状態で、まだ土に入れていません」。追い詰められると力を出すタイプとか。「一人で脚本を書いても全然面白くならなくて、締め切りだとかプロデューサーに見せるとか、よりどころがないと、ろくなものができない」。そう苦笑いするが、今後は世界が放っておかないだろう。

ライター
勝田友巳

勝田友巳

かつた・ともみ ひとシネマ編集長、毎日新聞学芸部専門記者。1965年生まれ。90年毎日新聞入社。学芸部で映画を担当し、毎日新聞で「シネマの週末」「映画のミカタ」、週刊エコノミストで「アートな時間」などを執筆。

カメラマン
ひとしねま

北山夏帆

きたやま・かほ 毎日新聞写真部カメラマン