ハラハラドキドキ、謎とスリルで魅惑するミステリー&サスペンス映画の世界。古今東西の名作の収集家、映画ライターの高橋諭治がキーワードから探ります。
2022.3.29
謎とスリルのアンソロジー:「オールド・ボーイ 4K」「ブルー・リベンジ」 カタルシスか、それともむなしさか
キーワード「復讐という名の正義」
今回のお題である〝復讐(ふくしゅう)〟にまつわる映画は、古くから繰り返し作られている。初めてブーム化したのは1970年代のこと。「わらの犬」(71年)、「狼よさらば」(74年)、「マッドマックス」(79年)をはじめ、ビジランテ(自警団)映画やリベンジムービーとも呼ばれるハードな復讐劇が大量生産された。
理不尽な暴力によって愛する者の命を奪われた主人公が、まるで頼りにならない警察を見限って、悪党どもに自ら私的な制裁を加えていくというのが王道のパターン。しかし、こうしたプロットは観客受けするアクションやバイオレンスを映像化するための口実でもあり、復讐のために暴力を正当化し、悪を抹殺する復讐者こそは正義であるという安易な図式に陥りやすい。それでも、ひどい目に遭った主人公に肩入れし、「もし自分なら怒りや憎しみを抑えられるだろうか」との想像をかき立てられるのは、ごく自然な人情というもの。やがてクライマックスでついに復讐が果たされたとき、私たち観客はそれまでの陰惨なストーリー展開さえも受け入れ、痛快なカタルシスに浸ることになる。
© 2003 EGG FILMS Co., Ltd. all rights reserved.
4Kリマスターでよみがえる、鬼才パク・チャヌクの「オールド・ボーイ」
要するに、多くの復讐映画は様式化されたエンターテインメントにほかならないのだが、娯楽の範囲を大きく逸脱した異形の映画も作られている。例えば韓国のパク・チャヌク監督が放った「復讐者に憐(あわ)れみを」(2002年)、「オールド・ボーイ」(03年)、「親切なクムジャさん」(05年)の復讐3部作がそうだ。ここでは4Kリマスター版によるリバイバル公開が決まった「オールド・ボーイ」をピックアップしたい。
日本の同名コミックをトリッキーな技巧を凝らして映画化し、第57回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に出品された「オールド・ボーイ」は、審査員長を務めたクエンティン・タランティーノを熱狂させ、最高賞パルムドールの次点にあたる審査員特別グランプリを受賞した。その壮絶な物語は、妻子あるサラリーマンの主人公オ・デス(チェ・ミンシク)が何者かに拉致されるところから始まる。15年間にもわたる監禁生活を強いられ、突然解放されたオ・デスは、日本料理店で働く若い娘ミド(カン・ヘジョン)の協力を得て、自分を監禁した正体不明の犯人を探るのだが……。
見る者は、監禁事件の被害者であり復讐の鬼と化したオ・デスの視点で映画を見進めていくが、中盤以降、実は姿なき犯人こそが復讐者だと知らされ、さらなる異様な展開に引きずり込まれていく。若き日のオ・デスが犯した〝罪〟は、はたして監禁15年という途方もない〝罰〟に釣り合うほど重いものだったのか。しかも犯人が最終的に成し遂げようとしている復讐は、明らかにこの世のタブーの一線を踏み越えている。パク監督は観客の倫理観をかき乱し、復讐という行為の残酷さ、怨念(おんねん)に取りつかれた人間の狂気をまざまざと突きつけてくる。まさに復讐映画の極北だ。
「オールド・ボーイ 4K」は、5月6日全国公開。
「ブルー・リベンジ」が示す報復合戦の果ての無常観
もう一本の復讐スリラー「ブルー・リベンジ」(13年)は、アメリカの新鋭監督ジェレミー・ソルニエが私財を投じて完成させたインディペンデント映画だ。主人公のドワイト(メイコン・ブレア)は、海辺の町をさまようみすぼらしいホームレスの青年。ある日、顔見知りの警官から、かつて両親を惨殺したギャング一家の男が出所すると聞かされたドワイトは、唯一の生きる目的である復讐のために動き出す……。
本作のユニークな点は、通常ならクライマックスに据えられるはずの復讐実行シーンを序盤に配置していること。出所祝いのパーティーが催されている会場に忍び込んだドワイトは、小さな刃物を握り締めて標的の男の殺害に成功するが、本当の犯人は別人だったことが判明する。そして報復の報復に乗り出したギャング一家との泥沼の闘いを余儀なくされていく。
ドワイトは銃の扱い方さえ知らない平凡な一般市民であり、復讐の連鎖とその代償をテーマにした本作は、「もしも素人が復讐に手を染めれば、いかなるしっぺ返しを食らうか」を生々しく映し出す。刃物で手のひらに裂傷を負い、敵の刺客が放ったボーガンの矢で太股を射抜かれるドワイトの身体的な痛みたるやすさまじい。もはやバッドエンディングは免れない破滅的なストーリー展開なのだが、ソルニエ監督はこの復讐劇にさりげなく俯瞰(ふかん)的な視点を挿入する。ドワイトとギャング一家がいくら血みどろの抗争を繰り広げようと、世界は何事もなかったかのように移ろっていく。いわば諸行無常の境地。こうも優れた快作に出くわすと、すでに手あかにまみれた感がある復讐映画というジャンルには、まだまだ開拓の余地があると思わずにいられない。
「ブルー・リベンジ」はU-NEXTで配信中。