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2024.9.16
伏線回収で最後すっきり! イ・ジョンウンの演技で最後まで見せきるスリラー「誰もいない森の奥で木は音もなく倒れる」
映画やドラマ作品において、信頼する俳優への期待値が、視聴動機につながることは珍しくないだろう。映画の場合はそれをきっかけに客を呼び込んでしまいさえすれば、2時間なりの作品を見せきることはそう難しくはない。
ところがドラマとなるとそうはいかない。2話、3話、4話が過ぎても、なかなか乗れない……。もう見るのをやめようかな……。でもあの俳優(が演じるキャラクター)が活躍しないはずはないからもう少し頑張ろう。そんな忍耐が報われた作品が、Netflixオリジナルドラマ「誰もいない森の奥で木は音もなく倒れる」だった。
筆者が信頼した俳優はイ・ジョンウン。ポン・ジュノ監督の「パラサイト 半地下の家族」で演じた家政婦役で、一躍その存在を知られるようになったベテラン女優だ。
20年の時を経て、森の奥で起きた二つの事件
本作は、二つの時代のストーリーが並走して進んでいく。
2001年、夏。風光明媚(めいび)な湖畔のモーテルで殺人事件が発生した。逮捕された犯人は8人の女性を殺害した連続殺人鬼のチ・ヒャンチョル。事件はセンセーショナルに報じられ、現場となったモーテルは「殺人モーテル」という風評被害や誹謗(ひぼう)中傷を受け、経営者一家は悲劇に見舞われ追い詰められていく。
21年、夏。中年男性のチョン・ヨンハ(キム・ユンソク)が経営する、森の奥にたたずむ瀟洒(しょうしゃ)な貸別荘に、若く美しいユ・ソンア(コ・ミンシ)と幼い少年シヒョンが宿泊する。本来はヨンハが懇意にしている近所の民宿に泊まるはずだったが、エアコンが故障したため、ヨンハの貸別荘が紹介されたのだ。
翌朝旅立ったソンアは、血の痕跡を残していたが、ヨンハはそれに目をつぶり、何事もなかったかのように日常を送っていた。そして翌年の夏、ソンアが貸別荘に舞い戻ってくる。ヨンハの穏やかだった日常は、日に日にソンアの狂気に侵食されていく。
2つの事件をつなぐ人物が、イ・ジョンウンが演じるユン・ボミンである。01年、ユン・ボミン(ハ・ユンギョン)はモーテルが建つ地域を管轄とする交番に新人巡査として赴任する。そこで次々と手柄を立てた彼女は、「鬼」というあだ名を付けられ、本部の強力班に引き抜かれる。そして21年に、貸別荘を管轄とする交番に所長としてやってくる。左遷ではなく志願して。
イ・ジョンウンだから具現化できた「鬼」刑事
結論から言うと、イ・ジョンウンを信頼して大正解だった。愚鈍な若手警官からなめられてもまるで動じず、事実だけを淡々と見据えて蓄積し、無駄走りをせず、最大の効果を生み出すタイミングでわなを仕掛ける。限りなく静的なのに「鬼」という異名を持つユン・ボミンのキャラクター造形は、映画・ドラマ史における刑事役として画期的な〝発明〟であり、イ・ジョンウンの演技力がなければ絵に描いた餅で終わっていただろう。
1話から4話にかけて二つの時代を行き来しながらいくつもの伏線をちりばめて、5話で過去と現在が「あるテーマ」でクロスし、6話から8話にかけて驚きを交えながら伏線を回収していく。そのテーマはずばり、縄張り争いだ。連続殺人鬼のヒャンチョルも、謎の美女ソンアも、理由などなく他者の日常に侵略し人生を破壊するインベーダーのような存在だ。モーテルの経営者ク・サンジュン(ユン・ゲサン)は家族も縄張りも守れなかったが、ヨンハは貸別荘と家族を守るために、縄張り争いに挑む決意をする。
視聴者にとってフックになるキーワードが「カエル」である(英語のタイトルは「The Frog」)。2人の経営者は、劇中のせりふを借りると「運悪く石が当たったカエル」である。「なぜ自分が?」と嘆いても、そこに理由などない。特に悲惨なのはサンジュンだ。
雨の中で立ち往生してい(るように見え)た殺人犯に、親切心から「泊まっていきませんか?」と声をかけたことがあだとなった。家族や宿泊客が被害に遭ったわけでもなく、モーテルはたまたま殺人現場になっただけ。言ってみれば巻き込み事故に遭った被害者なのに、世間や社会は彼らに石を投げ続けたのだ。
6話から先はドライブがかかり、ラストまでダレることなく突き進んでいくので、これ以上の情報を入れずに楽しんでほしい。韓国のクライムスリラーにしては珍しく画面が明るく、カラフルな画面設計がされているのも高ポイントだ。やややりすぎだが、ソンアのワードローブも多彩で飽きさせない。
原題以上に秀逸な日本語タイトル
韓国語タイトルの「誰もいない森の中で」を、日本語タイトルでは劇中でモノローグ的に繰り返される「誰もいない森の奥で木は音もなく倒れる」としたことで、箴言(しんげん)的な深みを増した。この意味を考えながら見ると物語と登場人物の解像度が上がるだろう。
と、本作の長所をかいつまんで列挙したが、「んなバカな」というツッコミどころが満載だ。特にありえないのが第4話の終盤、ソンアの赤い4WDが交番の目の前に停車していたヨンハの乗用車に猛スピードで激突するシーン。
激突後、車をフラフラと降りてきたソンアが、ヨンハの車からとある物を盗み出して自分の不利になる証拠を隠滅。ヨンハは病院送りになったが、ソンアはおとがめなしで、青いオープンカーに乗り換えて貸別荘に帰宅していた。ソンアが実は宇宙人で、現場を目撃していた警官たちの時間を止めた、もしくは記憶を消去したのなら納得がいくが。
こういう難癖をつける筆者には、マクチャンドラマ(*1)といわれるこの手の韓国ドラマを楽しむリテラシーが足りないのかもしれない。4話でくじけそうになったが、イ・ジョンウン(とハ・ユンギョン)のおかげで全8話を完走して悔いはない。ストーリーと作品の双方における救世主は間違いなくイ・ジョンウンだ。
Netflixシリーズ「誰もいない森の奥で木は音もなく倒れる」は独占配信中
(*1)どん詰まりの状態から、現実的には起こり得ない、なんでもありで展開していく韓国ドラマのこと。復讐(ふくしゅう)劇や愛憎劇が多く、「ありえない!」と突っ込みながら見るのが正解と言われている。