毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。
2021.3.11
この1本:「ミナリ」 大草原にまく故国の種
移民が造った国だから、米国の映画に移民たちの物語が描かれるのは当然だ。しかしハリウッドの主流は欧州系、最近ではアフリカ系や南米系も発言力を増しているが、アジアは中国系の独壇場だった。「ミナリ」は韓国系移民の物語。米国の「多様性」はようやくアジアにも目を向け始め、ハリウッドでの韓国勢の存在感は着々と増している。
1980年代のレーガン政権時代。ジェイコブ(スティーブン・ユアン)は、南部のアーカンソー州に、家族4人でやってきた。妻のモニカ(ハン・イェリ)と共に韓国から移り住み孵卵(ふらん)場で10年働き、農業で成功したいと一念発起したのだ。間もなくモニカの母スンジャ(ユン・ヨジョン)を呼び寄せて子どもたちの世話を頼み、開墾が始まった。
人里離れた土地はいわく付きだし、長男は病弱、住まいはトレーラーハウス。勝手に事を進めるジェイコブにモニカは腹を立て、ジェイコブは家族のために苦労していると、ケンカが絶えない。農園でも次々と問題が起きる。
移民の苦労を描きながら、映画は感情を高ぶらせない。ありがちな人種差別には触れず、政治的領域には踏み込まない。スンジャと孫の掛け合いにそこはかとないユーモアも漂わせながら、懸命に生きる家族の姿を、美しい自然の中にむしろ淡々と追っていく。
ミナリは韓国語で、多年草のセリを指す。スンジャは「どんな場所でもよく育ち、いろんな料理に使える」と言いながら、故国から持ってきた種を川べりにまいた。リー・アイザック・チョン監督は韓国系米国人で、自身の思い出が基になっているという。逆境にくじけず根を張ろうとする一家への、温かな視線が感じられる佳品だ。
ゴールデングローブ賞の外国語映画賞を受賞。アカデミー賞でも有力候補だ。1時間56分。19日から東京・TOHOシネマズシャンテ、大阪・TOHOシネマズ梅田ほか。(勝)
異論あり
とうに農業の大型化、機械化が進んでいた1980年代の米国で、こんなに貧相な土地と設備で成功できるとは思えない。スンジャについては、理想のグランマ(おばあさん)像を一回壊してから人間性を少しずつ出していく演出は巧みだが、もう何度も使われてきた手法とも言える。木々に囲まれた農場などの舞台設定や人物の造形に監督の狙いが透けて見えてしまった。ただ、韓国から移民して苦労する夫婦の心の機微は絶妙にうまく描かれていて共感できる。鑑賞中、さめた自分と心揺さぶられる自分に精神が分離してしまった。(光)
技あり
ラクラン・ミルン撮影監督が「独特の美しさ」というロケ現場はオクラホマ州タルサ郊外。過去の人種間抗争が想像できない平和な緑の諧調に満ちた光景が続く。最も印象的なのは、チョン監督が特殊効果を使わず撮ることを要望した農作業小屋の火事。「ラクランはイージーリグ(ブレ防止器具)を持って一生懸命走り回った」。背景の炎を照明光源に利用し、小屋から転がり出た夫婦が抱き合い、高く上がる炎にパンアップするまでを一気に撮った。チョン監督は「火柱を背にした2人を見た時、正しい決断と実感した」と感慨深げだ。(渡)