6月23日大阪・毎日文化センターにて撮影=高瀬浩平

6月23日大阪・毎日文化センターにて撮影=高瀬浩平

2022.7.21

戦禍の〝ひと〟を描き、今へとつなぐメッセージ:「島守の塔」五十嵐匠監督

第二次世界大戦中の最後の官選沖縄知事・島田叡、警察部長・荒井退造を主人公とした「島守の塔」(毎日新聞社など製作委員会)が公開される(シネスイッチ銀座公開中、8月5日より栃木、兵庫、沖縄、他全国順次公開)。終戦から77年、沖縄返還から50年。日本の戦争体験者が減りつつある一方で、ウクライナでの戦争は毎日のように報じられている。島田が残した「生きろ」のメッセージは、今どう受け止められるのか。「島守の塔」を通して、ひとシネマ流に戦争を考える。

高瀬浩平

高瀬浩平

映画「島守の塔」には沖縄戦が描かれているものの、主人公は本土出身の2人の内務官僚だ。原作を読んだ五十嵐匠監督は「本土の人が共感できる」と考えたという。兵庫出身の島田叡(萩原聖人)、栃木出身の荒井退造(村上淳)、そして沖縄で生まれ育った架空の比嘉凜(吉岡里帆)。この3人による「トライアングル」の人間関係を映画の核とした。
「僕は青森出身だけど、僕にも作れると思いました」と五十嵐監督。島田に沖縄県知事の辞令が出たとき、神戸の家で妻が断るよう懇願し、娘が泣きながら抱きつく場面がある。「当時、沖縄に行くのは死にに行くようなものでしたから、パパが行くのを必死で止めようとする。そういうことには、感情が入りやすく思いを理解しやすいわけです」と説明する。


 
島田は東京帝大卒のエリート官僚で、米軍の上陸が目前に迫る1945年1月に知事となる。曲がったことが嫌いで、偉ぶったところがない性格として本作中に描かれる。一方の荒井は夜間の大学を出て、転勤を重ねながら実直に勤め、沖縄県警察部長になった人物だ。
2人とも故郷から遠い沖縄の地で、重い「十字架」を背負うことになる。島田は名簿を軍に渡すことで、青少年たちを鉄血勤皇隊やひめゆり学徒隊として、戦場に送り込んでしまう。荒井は疎開させるために子供たちを「対馬丸」に乗せたが、米軍からの魚雷攻撃で船は沈没してしまう。その2人が最後まで行動を共にする。
 
一方、沖縄で育った県職員の凜は、皇民化教育の強い影響を受け、もし捕虜になるくらいなら自決すべきだという考えにとらわれている。しかし、戦争で身内が次々と死んでいくにつれ、少しずつ心境が変化していく。戦局の悪化で死を覚悟した島田は「生きろ。生きてくれ」と叫び、命の尊さを気づかせようとしても、呪縛はなかなか解けない。五十嵐監督はスタンリー・キューブリック監督の「フルメタル・ジャケット」を例に挙げながら「ガチガチに洗脳された人間の怖さを描いたつもりです」と語る。
 

ステレオタイプではない沖縄戦に重ねる現代

沖縄戦をテーマにした映画ではあるが「最初から沖縄戦のことを伝えようとは思っていませんでした」という。島田と荒井について、現場を歩きながら調べるうちに、自然に伝えるべきメッセージが浮かび上がってきたという。
ロシア軍によるウクライナ侵攻が始まると、包囲されたマリウポリの製鉄所と沖縄のガマ(自然洞窟)の光景が、五十嵐監督の中で二重写しになった。「マリウポリの製鉄所には水や食料、電気もあるでしょうが、沖縄のガマにはろうそくもなく真っ暗です。あの暗闇に何カ月もいた苦しさは、僕たちには想像もつきませんが、民衆のありようが、製鉄所にいる人たちとダブって見えてしまう。終戦から75年以上もたって、何でダブるようなことが起こるのか。人間は何も学んでいません」と語る。

 
空襲で焼けた灰色のがれきや真っ暗なガマの中とは対照的に、色鮮やかな花や生き物がさまざまな局面で描かれる。死者を悼んで供える花、行商がカゴに盛った魚、砂浜を歩くカニ……など、印象的なカットが挿入される。五十嵐監督は「花さえ咲かないのではないのです。戦争でも、人が死んでも、花は変わらず咲く。自然の営みがあるということを伝えたかった」と力を込める。島田が「てるてる坊主」と朗らかに歌うシーンも同じように「死んで終わりでは厳しいと思います。島田が言う『あした天気になあれ』というのはウクライナでもそうですし、今の日本に対する思いもあるんです」と、前向きな願いも込めている。
 
軍は住民たちを守らなかったと言われるが、五十嵐監督は2種類の兵士を登場させた。避難してきた住民をガマから追い出そうと、住民に銃口を向ける日本兵。その一方で、野戦病院壕(ごう)で看護してきた少女に命の危険が迫る中、「私が命令をする。出て行きなさい」と、外へ出て命をつなぐようたしなめる兵も描かれる。日本軍についても一面的には捉えなかった。
 

〝体験〟が戦時下を生き抜く俳優陣の姿を生んだ

 役作りのため、俳優たちには実際にガマに入り、真っ暗な状態を体感するよう求めた。「自然の洞窟ですから、掘った壕とは違います。懐中電灯を消すと歩けないし、触れもしない。そこでどんな芝居ができるか。ある意味で〝演出〟でした。中でも、吉岡さんはその体験をスイッチにして、相当役に入ったと思うんです」と狙いを明かす。
島田を演じる萩原には、感情の流れを設計するよう求めた。知事として沖縄に行くことを決意し、軍に青少年の名簿を渡し、多くの犠牲者を出した責任を感じて苦悩し、やがては軍と対立し、県庁の解散を決意していく。五十嵐監督は「感情にグラデーションがあります。簡単な偉人伝ではなくて、戦争というものが彼を変えていった。そこをうまく演じてほしかった」と語る。学生野球のスターだった島田が、三線(さんしん)を演奏してくれた沖縄の人に頭を下げるシーン。野球場で一礼をするように「沖縄の人に対する敬意が、自然に出るのです」という。
物事を言葉にする島田とは対照的に、荒井は素朴な人柄で言葉数が少ない。村上には「簡単にものを言わないので、行動で示すしかない」と伝えた。
映画の最終盤、現代に生きる凜として出演する香川京子については「出ていただいて非常に光栄。香川さんでなかったら、あのシーンは、やめようと思いました」というほど、五十嵐監督の思い入れは強かった。香川は映画「ひめゆりの塔」(1953年)に出演し、沖縄の人たちと長年にわたり交流を続けてきた。出演を依頼したとき、香川は「沖縄の映画だったら私ね」と引き受けたという。「沖縄戦を描く映画ということで、ご自身に責任があるのだと感じられたのでしょう。戦争を知らない人たちに伝えないといけないことがある、という思いを感じました。『ひめゆりの塔』は沖縄でロケをしていないので、強烈な思いがあったのだと思います」と胸中を察した。

ライター
高瀬浩平

高瀬浩平

たかせ・こうへい 毎日新聞大阪学芸部デスク。1979年生まれ。2002年毎日新聞入社。神戸、奈良などの支局や大阪社会部などを経て、現在は大阪学芸部で映画や芸能などを担当。

カメラマン
ひとしねま

高瀬浩平

毎日新聞大阪本社学芸部