カモン カモン© 2021 Be Funny When You Can LLC.  All Rights Reserved.

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2022.4.18

いつでもシネマ:「カモンカモン」 ほんとうの気持ちを言葉にするまで

藤原帰一・元東京大法学政治学研究科教授が、新作や古今の名作の見方を豊富な知識を交えて軟らかく紹介します。

藤原帰一

藤原帰一

子どもの話を聞くために


子どもの話を聞く。必要なことだと誰もが思うでしょうが、これ、なかなか難しいんですね。頭の中にある考えをそのまま言葉にして伝えるように求めたところで、子どもの方は口にすることと、口にしないことを区別して、相手に伝えてもよいことを選び、それだけを話す結果に終わってしまいかねません。大人だって思ったことをいうわけじゃありませんから、子どもが言葉を選んでも不思議はないわけです。
 
では、どうすれば子どもの声を聞くことができるんでしょうか。心のなかに抑え込んでしまった思いを言語化するためには何が必要なのか。この問いを投げかける映画をご紹介しましょう。
 
ジョニーは子どもの考えを聞き、それをラジオ番組にするのが仕事のジャーナリストです。認知症を患ったお母さんをめぐる考えの違いのため、妹さんと疎遠になっていたんですが、お母さんのお葬式から1年たって久しぶりに電話をかけたところ、別れた夫の面倒を見るためにサンフランシスコに行かなくちゃいけなくなった、ついては息子のジェシーを預かってもらえないかと求められる。いや、預かってくれと頼まれる前に、いいよ、面倒見るよと、ジョニーが進んで甥(おい)の世話を引き受けるんです。


 

傷ついた心に分け入ってゆく

で、ジョニーはその9歳の少年ジェシーとロサンゼルスで暮らすことになりますが、元の夫の世話に予想以上の時間がかかることになったため、妹はすぐ戻ることができなくなった。おかげでジョニーは、仕事のためにニューヨークまでジェシーを連れて行くことになる。伯父さんと甥のロードムービーの始まりです。
 
いつも仕事で子どもから聞き取りをしてきたように、ジョニーはジェシーの話を聞こうとしますが、これがうまくいかない。通り一遍の言葉しか返ってこないんです。他方、ジェシーが業務用のマイクに興味を示し、音集めが大好きになったので、少年は聞かれる側ではなく聞く側に転じてゆきます。ではジェシーがほんとは何を考え、何に傷ついているのか。映画は、タマネギの皮を一枚一枚はいでゆくように、ジェシーの心の中に分け入っていきます。
 
言葉と音の映画です。ジョニーは言葉を通して子どもを知ることを仕事にしてきましたが、心のなかのことを言語にするのは簡単なことじゃありません。インタビューに答えさせるというやり方だけでは見えてこないものがあるわけです。ジェシーは、精神的に不安定な父親、コミュニケーションを大事にしているのに仕事と育児のバランスをうまくとることのできない母親、そして両親の別れと伯父との暮らしという不安定な環境のなかに置かれており、そのなかでいろいろのことを感じている。でも、心のなかに押し込めたものを表に出そうとすれば、言葉ではなく、叫びになってしまう。ジェシーは言葉を信用していないんです。
 
でも伯父さんとともに暮らすなかで、自分の気持ちを表現せざるを得なくなる。その気持ちは、まず言語ではなく行動によって表出されますが、そのあとにゆっくりと、言葉による表現を獲得してゆきます。この展開に説得力があるので、ありきたりの人情噺(ばなし)では終わらないオリジナルな映画になりました。

 

モノクロの画面に際立つ言葉と音

マイク・ミルズ監督は、ゲイをカミングアウトしたお父さんをクリストファー・プラマーが演じた「人生はビギナーズ」、さらにアネット・ベニングのシングルマザーが右往左往する「20センチュリー・ウーマン」など、親子のつながりやそのきしみを表現してた人です。今回は色彩を排除したモノクロームの画面なので、デトロイト、ロサンゼルス、ニューヨーク、さらにニューオーリンズの町の姿が美しく描き出されていますが、表現の重点は映像ではなく言葉と音。そんなことがあるのかとお考えになるでしょうが、この際、目をつむって映画を聴いてみてください。言葉と音にどれほど細心の注意が払われているかがおわかりになるでしょう。
 
そしてジョニー役のホアキン・フェニックスがすばらしい。次に何をするのかわからない多彩な俳優さんでして、初期の「誘う女」や「グラディエーター」でも怪しげな存在感がありましたが、ポール・トーマス・アンダーソン監督の「ザ・マスター」と「インヒアレント・ヴァイス」で一気に曲者(くせもの)全開。変な人を普通の人のように伝え、普通の人のなかから変な人の姿を引き出すという具合で、この人はどういう人なのか型にはめて見ることのできない広がりを表現できるんです。
 
ホアキン・フェニックスの映画のなかでおそらく一番有名なのが前作「ジョーカー」の主役でしょうが、今回は骨が突き出したほど痩せ細ったジョーカー役とは一転して、ちょっとおなかも出ているようなごくごく普通の人としてジョニーを演じている。そして、普通の人を演じているからこそ、声と身体の動きを生かしたホアキン・フェニックスの演技がどれほど繊細なものなのか、知る機会にもなりました。
 
一人暮らしを続けてきた男の人生に、ほんの僅かの間、少年が登場する。一緒に暮らす時間は限られていますが、その限られた時間を追いかけることによって、孤独な少年と孤独な男の心のうちが描き出される。いい映画を見ました。

合わせて読みたい「シネマの週末 カモン カモン」はこちらから。

東京・TOHOシネマズ日比谷、大阪・TOHOシネマズ梅田ほかで4月22日公開。

カモン カモン

全米の子どもにインタビューするラジオ記者のジョニー(ホアキン・フェニックス)は、おいのジェシー(ウディ・ノーマン)を預かることになった。妹のヴィヴ(ギャビー・ホフマン)の元夫の精神が不安定で、その世話をしなければならなくなったのだ。ジョニーは風変わりなジェシーとの暮らしの中で、少しずつ心を通わせてゆく。
 
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ライター
藤原帰一

藤原帰一

ふじわら・きいち 東京大未来ビジョン研究センター客員教授。1956年生まれ。専攻は国際政治。著書に「戦争の条件」(集英社)、「これは映画だ!」(朝日新聞出版)など。「映画を見る合間に政治学を勉強しています」と語るほどの映画通。公開予定の新作や古今の名作の見方を豊富な知識を交えて軟らかく紹介します。