ニューオーダー © 2020 Lo que algunos soñaron S.A. de C.V., Les Films d’Ici

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2022.6.04

中毒性のあるバッドテイスト 映画評「ニューオーダー」

分かりやすく誰もが楽しめるわけではないけれど、キラリと光る、心に刺さる作品は、小さな規模の映画にあったりする。志を持った作り手や上映する映画館がなかったら、映画の多様性は失われてしまうだろう。コロナ禍で特に深刻な影響を受けたのが、そんな映画の担い手たちだ。ひとシネマは、インディペンデントの心意気を持った、個性ある作品と映画館を応援します。がんばれ、インディースピリット!

勝田友巳

勝田友巳

ミヒャエル・ハネケとかラース・フォン・トリアーとかの映画に、こんなものを見せて何が言いたいのか、と怒る人にはお勧めしない。ピエル・パオロ・パゾリーニの映画を見て、不愉快だと感じる人もやめた方がいい。でも、そんな監督たちが好き、後味の悪さも味のウチ、真実は苦いと心得る人に、「ニューオーダー」は絶対受ける。いま挙げた監督を知らないという人たちも、物は試しでぜひどうぞ。ただし、それなりの心構えをしたうえで。こんな映画を上映してくれるからこそ、ミニシアターに感謝したい。
 


格差社会の果てに待つディストピアの苦い真実

ディストピア映画は数あれど、これは強烈。予想を裏切られっぱなし。しかも悪い方に。物語はこうあってほしくないという方に進んでいくから、見ている間中、片時も安心できない。予定調和を楽しむ娯楽映画とは対極の、どこに連れて行かれるのか分からない不穏な映画体験。久しぶりにゾクゾクした。
 
冒頭の、緑色のペンキまみれの裸の女性が立っているショットから、いきなり不気味な雰囲気が漂っている。病院の入院患者が移動を促され、すぐに血を流したけが人が続々と、空いたベッドに運び込まれる。一体なにが起きてるんだ、と思わせておいて場面転換。
 
豪邸で開かれているマリアンの華やかな結婚パーティー。名士然とした人々が集まって来る。能天気に飲み食いしていると、暴徒が乱入し、使用人と一緒になって殺戮(さつりく)と略奪を始め、たちまち阿鼻叫喚の境地となる。
 

観客もろとも混乱のさなかに

町中では格差社会に怒ったデモが、暴動に発展しているらしい。しかし、説明的なセリフや映像は一切なし。事件は突然起きる。パーティーが襲われる場面は、こんな具合。招待客の一人が「アレは何だ」と指さした先に、屋敷の高い塀の内側に立っている貧しい身なりの男たち。ギョッとする。すぐに後から別の暴徒が塀を乗り越えて来る。
 
おびえた男が、銃を下ろせ、時計をやると懐柔しようとしたら、暴徒は何も言わずに発砲した。客たちは悲鳴を上げて逃げ惑う。映画を見ている方も、わけも分からず混乱に放り込まれてしまう。
 
さて、この映画の主人公はパーティーの主役マリアンで、彼女は暴徒が侵入してくる前に、こっそり屋敷を離れている。妻の手術費用を無心に来た元使用人のロランドが、彼女の家族に冷たくあしらわれたのに同情して、彼の家まで訪ねていくのだ。どうにかたどり着いたはいいが、町の混乱で身動きが取れなくなる。
 
ははあ、どうやらマリアンの視点で語られる物語なのかと思う。マリアンは、ロランドを突き放した非情な家族と違って美しい心持ちの女性のようだし、善人は救われるのが常だ。彼女に付いていけば安心だ。普通なら。
 

ヒロインの善意は報われない

軍は暴徒を武力で鎮圧し、戒厳令を敷いて事態収拾に乗り出した。マリアンにも捜索隊が放たれて、無事武装兵が現れる。ところがこの兵隊たち、マリアンをかくまってくれた家の人たちを平気で射殺する。マリアンは連れ去られ、どこかの建物に監禁されてしまう。他にも金持ちがたくさんいて、身代金目的で誘拐されたらしい。おいおいどうなるんだ。マリアンと同様、観客も不条理な状況をのみ込めない。
 
映画はずっとこの調子。いやもっとひどくなる。マリアンは主人公としてはあり得ない仕打ちを受け、善意の人物であることは全く考慮されずにひどい目に遭う。見ている方は、あっけにとられるしかない。
 
もちろん、善人をいじめてやれという映画ではないし、サディスティックな拷問を見せることが目的のゴアムービーでもない。格差が極まった社会の憤りが噴出し、体制がひっくり返ったあと何が起きるのか。革命後に理想社会は実現されるのか。民衆蜂起の行く末を、皮肉で冷徹な視点で描き出す。
 

ミシェル・フランコの皮肉で冷徹な視点

監督はメキシコの鬼才、ミシェル・フランコ。この人の映画はいつも、見終わって釈然としない。モヤモヤした気分が残る。「或る終焉」「母という名の女」では、倫理や道徳の建前を取り去って人間の奥底をのぞき込み、身も蓋(ふた)もない結末を用意した。今作でも混乱の中であらわになる、人間の欲望と利己的な本性を描いて容赦ない。
 
そして社会の構造に目を向ける。個人を置き去りにした権力の非情と横暴を暴き出す。怒りにまかせた人々の無軌道ぶりをあらわにする。体制の転覆と混乱はすぐにもどこかで起きそうだ。社会的不公正はやがて爆発すると警告しつつ、民衆蜂起が理想を生むわけではないとくぎを刺す。じゃどうすりゃいいのか。モヤモヤの中で考えさせられるのである。
 
6月4日から、東京・シアター・イメージフォーラムほか。

ライター
勝田友巳

勝田友巳

かつた・ともみ ひとシネマ編集長、毎日新聞学芸部専門記者。1965年生まれ。90年毎日新聞入社。学芸部で映画を担当し、毎日新聞で「シネマの週末」「映画のミカタ」、週刊エコノミストで「アートな時間」などを執筆。

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