「ゆ」の上映後、質疑応答に応じる平井敦士監督(中央)=2023年5月22日、勝田友巳撮影

「ゆ」の上映後、質疑応答に応じる平井敦士監督(中央)=2023年5月22日、勝田友巳撮影

2023.5.26

カンヌが認めた若手監督の意欲作「ゆ」「逃げきれた夢」 世界へはばたく足がかりに

第76回カンヌ国際映画祭が、5月16日から27日まで開催されます。パルムドールを競うコンペティション部門には、日本から是枝裕和監督の「怪物」、ドイツのビム・ベンダース監督が日本で撮影し役所広司が主演した「パーフェクトデイズ」が出品され、賞の行方がきになるところ。北野武監督の「首」も「カンヌ・プレミア」部門で上映されるなど、日本関連の作品が注目を集めそう。ひとシネマでは、映画界最大のお祭りを、編集長の勝田友巳が現地からリポートします。

勝田友巳

勝田友巳

第76回カンヌ国際映画祭は世界の巨匠、ベテランの華やかな競演の趣だが、もちろん門は若者にも開かれている。日本の若手監督の作品が、並行して開かれる部門で上映された。監督週間の「ゆ」、ACID部門の「逃げきれた夢」だ。製作の背景とカンヌでの反応は――。
 

フランス拠点に映画製作

「監督週間」で上映された短編映画「ゆ」は、富山県出身でフランスを拠点に活動する平井敦士監督の作品。男が銭湯を訪れ、預けられていた風呂道具を受け取り、財布から出した回数券で風呂を浴びる。その一部始終を、21分の中に淡々と描いた。セリフも説明もほぼないが、主人公が母親を失ったことが明らかになり、その悲しみがジワリと伝わる。まさに短編小説のような滋味深い1本である。
 
「監督週間」はフランス監督協会が、1969年から開催してきた。作家性の強い作品を選出して上映し、賞は出さない。映画祭本体とは独立しているが協力関係にあり、多くの才能が集まる映画祭コンペティション部門への登竜門。97年に映画祭のカメラドールを受賞した河瀬直美監督の「萌の朱雀」も、監督週間への出品だった。
 
平井監督は89年生まれ、東京の映画学校で学んだ後、テレビや映画の製作現場で働いたものの「あまりに過酷な環境が嫌になり、どうせならやりたいことをやる」と単身渡仏。日本でも「泳ぎすぎた夜」(五十嵐耕平と共同監督)などが公開されたダミアン・マニベル監督と出会って助監督を務めるようになった。コツコツと短編映画を製作し、「フレネルの光」はロカルノ国際映画祭のコンペティション部門に出品された。
 

© MLD Films

喪失の悲しみ静かに描く「ゆ」

「ゆ」の構想は「友人の実体験から得た」と話す。「もともと銭湯好きで、帰国するとよく行く」という平井監督。「行く度に、同じ顔ぶれで同じ時間が流れている。小さな空間に裸でお湯を分け合っている状況は、とても映画的だと感じた」。廃業した銭湯を稼働できる状態にし、10日間ほどで撮影。フランス人の撮影監督、ほかのスタッフ、キャストは日本人で、地元の友人や肉親も参加したという。
 
「セリフは少なくし、物語を追いかけるより感じてもらいたかった」と繊細な演出で主人公の喪失感を表現している。セリフを排する手法はマニベル監督から学んだという。
 
「ゆ」の製作費のほとんどは、フランスの国立映画映像センター(CNC)の補助金でまかなった。企画をマニベル監督の製作会社が引き受けることになり、CNCの助成に応募し採用された。さらに短編映画祭の企画コンペで受賞してテレビ放映権と製作補助を得、監督自身が富山県の企業から協賛金も集めた。
 

ストレス少ないが競争も激しいフランス

「フランスでは短編への助成制度があり、作りやすいが競争も激しい。この企画は日本の伝統文化を扱っている点が目立ったのかもしれない。監督週間の担当者からは『前作が好き』と言われ、期待もあって見てくれたと思う」と話す。
 
2作とも地元・富山を舞台にしたのは「日本が好きだから」。日本の製作現場で感じたストレスはないというが「別の意味での厳しさがある」と話す。「実力が認められれば受け入れられるが、光るものがなければ入れない。刺激的で、スタッフや評論家のレベルも高く、こちらで続けたい思いもあるが、生活は日本がいい」。銭湯もラーメンも大好きというのである。日本では12月8~21日、東京で開かれる「カンヌ監督週間in Tokyo」で上映される。
 

「逃げきれた夢」の光石研(右)と二ノ宮龍太郎監督=2023年5月23日、勝田友巳撮影

光石研が主演し地元北九州で撮影「逃げきれた夢」

ACID部門で上映されたのは二ノ宮隆太郎監督の長編「逃げきれた夢」。ACID部門はインディペンデントの映画監督たちが、個性的な作品を選んで上映している。93年に始まったが日本映画は縁がなく、昨年山崎樹一郎監督の「やまぶき」が初めて選ばれた。
 


 
二ノ宮監督は86年生まれ。自主製作した「魅力の人間」が、12年のぴあフィルムフェスティバルで準グランプリを受賞。続く「枝葉のこと」(17年)がロカルノなどの国際映画祭で上映された期待の新鋭だ。「アンダードッグ」「Pure Japanese」など俳優としても活躍している。
 
「逃げきれた夢」は、「忘れていく病」にかかった中年の教師が自らの人生を振り返る。光石研が主演し、光石の地元・北九州で全編ロケ撮影した。元々は、2人が所属する事務所の先輩、緒形拳のために用意されたアイデアだったという。実現しないまま緒形が亡くなり、二ノ宮監督の脚本作りに生かされた。
 

「細かい感情が伝わった」

二ノ宮監督はかねて光石の大ファンだったという。「次に撮るなら光石さんの故郷で光石さんが主演して、1人の男の人生を描こうと決めていた。記憶が薄れていくことを怖がるよりもホッとする男というアイデアをもらい、それを含めて脚本化した」と振り返る。19年に脚本が東京フィルメックスで受賞し、映画化が動き出した。
 
光石は「僕が主演で北九州で撮影なんて、実現しないだろうと思っていた」と笑いながら振り返る。完成した作品は「生まれ育った町で演じるのは照れくさかった。方言を含めた土地の力が味付けしてくれた」と満足げ。
 
カンヌでの上映は温かく迎えられ、上映後の質疑応答でも、観客は熱心に感想を語っていた。二ノ宮監督は「人間の細かい感情を求めた映画だが、描きたかったことは伝わったと感じた。ACID部門の担当者と話しても、意図した以上のことも聞かれて刺激になった」と手応えを語る。日本での公開は6月9日。

ライター
勝田友巳

勝田友巳

かつた・ともみ ひとシネマ編集長、毎日新聞学芸部専門記者。1965年生まれ。90年毎日新聞入社。学芸部で映画を担当し、毎日新聞で「シネマの週末」「映画のミカタ」、週刊エコノミストで「アートな時間」などを執筆。