「男性映画」とは言わないのに「女性映画」、なんかヘン。しかし長年男性支配が続いていた映画製作現場にも、最近は女性スタッフが増え、女性監督の活躍も目立ち始めてきました。長く男性に支配されてきた映画界で、女性がどう息づいてきたのか、女性の視点や感性で映画や社会を見たらどうなるか。毎日新聞映画記者の鈴木隆が、さまざまな女性映画人やその仕事を検証します。映画の新たな側面が、見えてきそうです。
2022.11.17
音声ガイドで「楽しい」の循環を ユニバーサル映画館「シネマ・チュプキ・タバタ」代表・平塚千穂子さん②:女たちとスクリーン
音声ガイドを通じて映画が好きな人と障害者が出会う社会を目指す、ユニバーサル映画館「シネマ・チュプキ・タバタ」代表、平塚千穂子さんのインタビュー2回目。音声ガイドを導入する活動を始めて20年あまり。日本で先駆的に取り組んできたが、聴覚障害者と映画との関係はどう変わったのだろうか。平塚さんはこれまでを振り返り、「楽しいから続けてきた」と元気よく語る。
平塚さんは、映画ファンからふとしたきっかけで、視覚障害者が映画を楽しめるような仕組み作りに参加。2001年にボランティア団体「シティ・ライツ」を設立、音声ガイドを利用できる環境作りを推進してきた。16年には「シネマ・チュプキ」を開館、代表として運営に携わっている。自身でプロデューサーを務め、出演もしているドキュメンタリー映画「こころの通訳者たち」が全国で公開中だ。
「こころの通訳者たち」の一場面 (C)Chupki
輝く人を見るのが好き
--これまで大変だったのは。
こうした事業に携わるほとんどの人にとって、生活を成り立たせることは課題だと思う。私の場合は夫がいて理解もあった。経済面でバックアップしてくれていたのは大きかった。始めたころは、家族や友人に障害のある人はおらず、目の見えない人のためにとあまり考えていなかった。音声ガイドは奥が深くて面白いからやってきたし、いろいろな人と関わり、関わった人たちが生き生きとしているのを見て励みになった。それが続けている理由かもしれない。
--「心の通訳者たち」には個性豊かな人たちが登場し、平塚さんがその人たちをまとめている。
私は教育学部を出て、教育者になりたいと思っていた。人は、得意なことをやれば水を得た魚のようになるし、本人も知らなかった力を発揮できた時には目を輝かせてくれる。音声ガイドを作る側も映画が好きで、結果的に見えない人の役に立つ。報酬で成り立つ関係ではなく、音声ガイドに関わることで「楽しい」が循環していく。輝き出す人を見ているのが楽しいのだと思う。
例えば、声優になりたくて学校に行ったが全然仕事がとれなくて、年齢とともにあきらめて関係のない仕事をしている人がいる。一方で、視覚障害者の間には、外国映画の吹き替え版を望む声は多い。音声ガイドの一部として字幕を読む必要がある時 、そういう人に手伝ってもらうと、「俺なんかが、アル・パチーノの声をやってもいいんですか 」などと言いながら、うれしそうに取り組む。一線のプロのスキルまではいかなくても、気持ちを込めて一生懸命練習して字幕を読み上げてくれる 。字幕起こしや文章がうまい人は台本作りに参加する。いろんな場面で、センスや優れた部分をいかしてくれる。
シネマ・チュプキ・タバタのシアター内=シネマ・チュプキ・タバタ提供
ひらめきを生かしたいから計画は立てない
--いろいろな能力が見いだされて楽しみも付いてくる。
「シティ・ライツ」の中にも、音声ガイドを事業化し、ボランティアではなく仕事にしようという人が出てきた。サークルやボランティア活動では周りの人しか楽しめず、映画業界に働きかけてバリアフリー活動をしなくていいくらいに一般化させるべきだと考えたのだ。そういう人のモチベーションと、楽しく続けようとする人とが分かれ、一時期、平行線の時もあった。結局、「シティ・ライツ」はサークル活動として残し、事業化したい人はNPO法人を作って活動を始めた。今は、映画会社などによる音声ガイド製作の請負先になっている。
--平塚さんの選択は。
鑑賞する人の現場に立っていたかったので、「シティ・ライツ」の代表として残り、NPOの方は最初の5年だけ理事長として活動した。
私はリーダーシップは取れないし、計画は立てず目標やスローガンは掲げない。その方が皆さんからのアイデアやひらめきの提案を生かしやすい。つまらなそうなことはやらず、面白そうなことはすぐにアクションを起こす。
音声ガイドの需要は限りがあり、それなりのコストをかけて成り立っている。障害者のためと進めても単純にパイが少なく、その仕組みはなかなか変えられない。音声ガイドを通じて、映画が好きな人と障害者が出会って、たっぷり映画の話をする。その楽しさが、映画への興味や、奥深さを知ることにつながっていくのがうれしい。
シネマ・チュプキ・タバタの入り口前で平塚千穂子さん=鈴木隆撮影
「武士の一分」が大きな契機に
--障害者の人との接点になればいい。
音声ガイドの仕事は、できるだけ間口を広くしハードルを下げて、多くの人に参加してもらいたい。映画が好きな人がガイドをすると、映画の見方も教えることができる。映画が分かっていないと、いい解説はできない。
福祉の世界には、今も見えないバリアーがある。障害者は弱者で可哀そうだから、映画も一緒に見られるようにしてあげましょうと。それは健常者至上主義。怖い考え方です。障害者はそれぞれの感性で映画を見ていて、むしろいろんなことを気づかせてくれる。それを伝えていきたい。社会にひそかに浸透している狭い価値観を、崩していきたいと考えている。
--現在の音声ガイドの状況は。
大手の映画会社が音声ガイドを作るようになったのは05年くらいから。障害者が出演する映画や福祉の映画に、音声ガイドの予算を付けるようになってきた。
大きな契機になったのは、木村拓哉が盲目の武士役で出演した山田洋次監督の大ヒット作「武士の一分」(06年)。松竹のお正月映画という大作で、音声ガイドが作られたのは歴史的にセンセーショナルなできごとだった。製作委員会がバリアフリー版を作り、一般の劇場で音声ガイド付きで上映された。今では、スマホアプリに対応し、東宝は全作品、松竹と東映も大きな作品には付くようになった。しかし小規模の作品は一部だけで、これからといった状況だ。
■平塚千穂子(ひらつか・ちほこ) ユニバーサルシアター「シネマ・チュプキ・タバタ」代表。1972年生まれ、東京都出身。早稲田大教育学部卒。飲食店勤務などを経て、バリアフリー映画鑑賞推進団体「シティ・ライツ」を設立。以降、視覚障害者の映画鑑賞環境づくりに従事。2016年9月に日本初のユニバーサルシアター「シネマ・チュプキ・タバタ」を東京都北区にオープン。第24回ヘレンケラー・サリバン賞、第36回山路ふみ子映画賞福祉賞を受賞。
■シネマ・チュプキ・タバタ バリアフリー映画鑑賞推進団体「シティ・ライツ」が2016年9月に、1800万円の寄付金を集めてオープンした、座席数20の小さな映画館。目の不自由な人、耳の不自由な人、車いすの人、小さな子ども連れなど、誰でも一緒に映画を楽しむことができる。日本で最初のユニバーサルシアターとして、全ての映画にイヤホン音声ガイドと日本語字幕を付けて上映している。近年、新たにユニバーサルシアターの開設を相談する声も数多くあるという。
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