「殺人者はライフルを持っている!」©1967 by Saticoy Productions. All Rights Reserved. TM,(R) & Copyright (C) 2012 by Paramount Pictures. All Rights Reserved.

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2022.8.23

ライフル魔と怪奇映画スター、恐るべき接近遭遇 「殺人者はライフルを持っている!」:謎とスリルのアンソロジー

ハラハラドキドキ、謎とスリルで魅惑するミステリー&サスペンス映画の世界。古今東西の名作の収集家、映画ライターの高橋諭治がキーワードから探ります。

高橋諭治

高橋諭治

2022年1月6日に82歳で逝去したピーター・ボグダノビッチは、アメリカン・ニューシネマの時代に名をはせた監督である。代表作は「ラスト・ショー」(1971年)と「ペーパー・ムーン」(73年)。そのほか数多くの青春、コメディー、ロマンス、ヒューマンドラマを世に送り出したボグダノビッチのフィルモグラフィーには、筆者を含む一部のマニアから根強い支持を得ているスリラー映画がある。デビュー作の「殺人者はライフルを持っている!」(68年)だ。


 

キーワード「現代の狂気」

監督志望の若手がデビューのチャンスをつかむきっかけは千差万別だが、ボグダノビッチの場合はかなり風変わりだった。映画評論を執筆するかたわら、B級映画の帝王ロジャー・コーマンのもとで働いていたボグダノビッチは、突然コーマンから「自分の映画を撮りたいか?」と電話で尋ねられる。しかし、いくつもの奇妙な条件が付いていた。

その条件とは「フランケンシュタイン」(31年)で名高い怪奇映画スター、ボリス・カーロフの出演契約が2日残っていることを利用するというもの。具体的には①2日間でカーロフの出演シーン20分を撮影すること②カーロフ出演作「古城の亡霊」(63年)の映像を20分使用すること③それ以外の40分の場面を撮って長編に仕上げること④製作費の上限は12万5000ドル。何ともむちゃな条件だったが、当時の妻ポリー・プラットとともに原案を練り上げたボグダノビッチは、サミュエル・フラーからの助言も取り入れ、あっと驚く斬新な脚本を仕上げた。
 

テキサスタワー銃乱射事件から着想

「殺人者はライフルを持っている!」には2人の主人公が登場する。一人は中流階級の青年ボビー・トンプソン(ティム・オケリー)。表向きは愛想のいいハンサムな若者だが、内にえたいの知れない殺人衝動を抱えたトンプソンは、自宅で妻と両親を殺害したのち、銃器店でライフルと大量の弾丸を購入。石油タンクの上からハイウエーを車で走行中の一般市民を次々と狙撃するという凶行に及んでいく。この無差別殺人鬼のキャラクターは、66年8月1日のテキサスタワー銃乱射事件で15人の命を奪った悪名高きライフル魔、チャールズ・ホイットマンをモデルにしている。

もう一人の主人公は、怪奇映画専門の年老いた俳優バイロン・オーロック(カーロフ)。突如として引退を表明したオーロックは、彼を主演にした新作の構想を温めていた若手監督サミー(ボグダノビッチ)の説得にも耳を貸さず、祖国のイギリスに戻ることを決意する。帰国前に残された最後の仕事は、ドライブインシアターでの舞台あいさつ。ところが大勢の観客が来場したそのシアターには、新たな狙撃ポイントを物色するトンプソンがまぎれ込んでいた……。
 



フラー、ヒッチコック……映画術凝らした恐怖演出
ボグダノビッチはまったく因果関係のないトンプソンとオーロックの2日間の行動を並行させて語りながら、ドライブインシアターで両者の人生が交錯するまでを映し出す。親族や友人をエキストラに駆り出すほどの低予算映画だったが、筋金入りの映画狂であるボグダノビッチは、S・フラー、アルフレッド・ヒッチコックらの映画術や金言に従い、随所に細やかな演出を施した。
 
例えば石油タンクからの狙撃シーンは、トンプソンが標的に狙いを定めるスコープ内の主観ショットが絶大な効果を上げ、理由なき無差別銃撃の不条理さがひしひしと伝わってくる。その一方で、撮影許可の取得が困難なゲリラ撮影を敢行するなど、師匠のコーマン譲りのスピリッツも発揮した。
 
とりわけ印象深いのは、実際のドライブインシアターで撮影を行った終盤20分のシークエンスだ。徐々に日が暮れるなか、シアターの受付や売店が大勢のカップル、家族連れでにぎわい出す様子を捉えた映像はドキュメンタリーのよう。撮影監督ラズロ・コバックスのカメラは、照明担当者や映写技師が上映の準備を進める姿も収めている。ところが、このときすでにライフルを持った殺人者は、こともあろうにスクリーンの裏側に身を潜めているのだ!
 

虚実入り乱れるクライマックス

そして本作は、アメリカの時代の変わり目を象徴的な形でフィルムに焼きつけた作品でもある。すでに過去の遺物となった怪奇映画というジャンルで伝統的な様式にのっとった恐怖を体現してきた老優オーロックは、舞台あいさつに立つはずだったドライブインシアターで、銃による大量殺人というリアルな惨劇の目撃者となる。

しかしボグダノビッチは、オーロックを時代のすう勢に取り残された哀れな敗残者とは描かなかった。怪奇スターとライフル魔がついに相まみえるクライマックス、まさに現実と虚構の恐怖を錯綜(さくそう)させたメタフィクショナルな演出は何度見ても鳥肌が立つ。
 
かくして完成した「殺人者はライフルを持っている!」は、パラマウントの製作責任者ロバート・エバンスが配給権を買い付けたことで、プロデューサーのコーマンに利益をもたらしたが、興行的には失敗した。公開の数カ月前に相次いで起こったキング牧師、ロバート・ケネディ元司法長官の暗殺事件の影響が大きな要因だとされる。〝現代の狂気〟を扱ったこの野心的なスリラーは、映画という虚構を凌駕(りょうが)するような現実社会の暴力の余波を被るはめになったが、批評家筋からは絶賛を博し、才気あふれるボグダノビッチのキャリアを切り開いたのだった。

 
「殺人者はライフルを持っている!」はNBCユニバーサル・エンターテイメントからDVD発売中。1572円。 

ライター
高橋諭治

高橋諭治

たかはし・ゆじ 純真な少年時代に恐怖映画を見すぎて、人生を踏み外した映画ライター。毎日新聞「シネマの週末」、映画.com、劇場パンフレットなどに寄稿しながら、世界中の謎めいた映画、恐ろしい映画と日々格闘している。