毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。
2021.4.01
この1本:「水を抱く女」 愛の神話、ベルリンで
「水を抱く女」とは、何とうまい邦題だろうか。原題の「ウンディーネ」は、人間と結ばれることで魂を得る水の精霊のこと。そんな神話のヒロインを現代の大都市ベルリンに登場させた愛の寓話(ぐうわ)だ。
主人公ウンディーネ(パウラ・ベーア)は最初から人間の女性の姿をしており、ベルリンの街並みの模型が展示された博物館の歴史ガイドとして働いている。知的で無邪気な一面も持つ彼女だが、恋人から別れを告げられると「私を捨てたら殺すわよ」などと真顔で物騒なことを言う。やがてウンディーネは潜水作業員クリストフ(フランツ・ロゴフスキ)と相思相愛になり、幸せな日々を過ごすが、思わぬ悲劇に見舞われていく。
ウンディーネの過去は一切描かれず、彼女が本当に精霊なのかも判然としない。しかし突然カフェの水槽が壊れ、水浸しになったウンディーネとクリストフが一瞬で恋に落ちる場面に驚かされ、郊外の貯水池に巨大ナマズが出現するショットに息をのむ。登場人物が生きる現実世界に、神秘的な水のイメージや超自然的な描写を織り交ぜたマジックリアリズムに魅了される。
一種のおとぎ話なのだが、中盤以降、サスペンスフルにうねる映画は不吉な切迫感を増していく。呪われた宿命から逃れるようにして愛を渇望するウンディーネの孤独や凶暴性が露(あら)わになり、バッハのピアノ曲が哀感を高める。
また本作は、「東ベルリンから来た女」などの歴史もので知られるクリスティアン・ペッツォルト監督のロマンチックな志向が色濃く表出したメロドラマでもある。彼が創造した水の精霊は、いわば激情型で破滅的な恋愛体質のファムファタールだ。謎めき続けるウンディーネが幻のように消失した後のエピローグ、その儚(はかな)さにも胸を打たれる。第70回ベルリン国際映画祭で女優賞を受賞。1時間30分。東京・新宿武蔵野館などで公開中。大阪・テアトル梅田(16日から)ほか順次全国で。(諭)
ここに注目
歴史ものや政治的な作品を撮る印象のあったペッツォルト監督が、本作のようなファンタジー色の強い作品を撮ったことにまずは驚かされた。しかしドラマチックに展開していく男女の物語、ベルリンという都市開発の歴史を研究する主人公の設定は、これまでの作品にも織り込まれていたテーマとの共通項を感じさせる。人工呼吸をする場面でクリストフがビージーズの「ステイン・アライブ」を歌うシーンにはユーモアも。現実世界と寓話的な世界、どちらでも自然に呼吸をしているヒロインを演じ切ったパウラ・ベーアにも魅了された。(細)
技あり
ハンス・フロム撮影監督はペッツォルト監督の長編「YELLA」でドイツ映画批評家賞の、撮影賞ではなく最優秀イメージデザイン賞を獲得した。なるほど、画(え)作りのセンスがいい。出だしのカフェで別れを切り出す恋人を入れ込んだウンディーネのアップ。お国柄で化粧は無く、補助光も無いようだ。彼がフレームアウトすると口に手をあてた大きいアップに寄り、右目尻に涙が光り一筋頰を伝うと彼女の名前つまり題名が出る仕組み。何でもないようで技巧的。基本に忠実な照明とみずみずしい構図で「愛についての物語」を撮った。(渡)