世界3大映画祭の一つ、第75回ベルリン国際映画祭の話題を現地からお届けします。日本映画の最新作も上映され、映画人が現地入り。ドイツや欧州を取り巻く政治情勢に揺れてきたベルリンは、今回からプログラムディレクターが交代し、新体制の船出となってそのかじ取りに注目が集まっています。
第75回ベルリン国際映画祭で記者会見する(左から)カン・ソイ、ハ・ソンググ、ホン・サンス監督2025年2月20日、勝田友巳撮影
2025.2.21
自作のことは「分からない……」連発 愛されホン・サンス監督の〝脱力〟記者会見 ベルリン国際映画祭
韓国のホン・サンス監督は、世界中の映画祭で人気者。第75回ベルリン国際映画祭のコンペティション部門に「What Does That Nature Say to You(英語題:自然は何を語りかけるのか)」を出品している。20日、出演したクォン・ヘヒョ、ハ・ソングクらと記者会見に臨んだ。深読みしたがる記者たちの質問に「I don’t know…」を連発、作風と同じく、誠実ながらとぼけた回答で受け流して笑いを誘っていた。
「Geu jayeoni nege mworago hani(What Does That Nature Say to You)」© Jeonwonsa Film Co.
詩人志望の男とその恋人の家族の会話劇
ホン・サンス監督のベルリン出品は、実に6年連続。2024年には「旅行者の必要」で審査員大賞も受賞している。出品作は、詩人志望の男が恋人を実家に車で送っていくと、思わぬことから彼女の父親と出くわし、恋人の家族と夕食を食べることになる、という設定。ホン監督らしい長回しの会話劇で、どこに行くとも分からないおしゃべりの中に、登場人物の感情の揺らぎが表れる、いつもながらの至芸である。
ホン監督らが姿を見せると、会場は敬意と歓迎の意のこもった温かい拍手で包まれた。米国で映画を学んだホン監督は、質問に一つ一つ、英語で丁寧に受け答え。企画の始まりについて、「チョ・ユニと父親の話をしているうちに、家に招待されて、ハ・ソングクと一緒にひとときを過ごしたんですが、その時にこれは映画になると思ったのです。いつものようにロケ地を選んで、天候をそのまま受け入れて撮影し、ディテールが一つ一つできていきました」と説明した。
窓開けて撮影「あえて雑音を入れます」
俳優に脚本を渡すのは、撮影当日の朝、その日の分だけ。今回も独特のスタイルを踏襲したという。ホン監督作品の常連で、今作では父親役で出演したクォン・ヘヒョは「撮影の日の朝、脚本をもらい、リハーサルを繰り返して演技を決めていきます。他の俳優とどう組み立てるか、自分の物語をどう語るか、すべての俳優が準備をしておかなければならず、集中しています。いつも幸せです」。
ホン監督は撮影について「現場は助監督と美術と録音部など4人ぐらい、1週間ほどで終わります。カメラもマイクも固定して、室内の撮影中は窓を少し開けて、あえて雑音を入れるようにしています。ミキシングも自分でします。といってもほんの少しだけ、音量の調節をするぐらい。操作したり効果を加えたりすることはしません」。予算については「いくつも作品が進んでいるので、あまり考えないです。何年か前に、製作費が10万ドル以下と言いましたが、願わくばそうあってほしいですね」。
作品には、しばしば語学教師や詩人が登場し、「言語について特別な思いがあるのでは」との質問には、ちょっと戸惑ったように「……分かりません」。「素材が与えてくれるものに反応するだけです。たとえばチョ・ユニは最初、小さな集まりで一緒になったのです。彼女は他の人の付き添いで来ていて、会場の外にいました。実は俳優になりたいのだと聞いて、それならと出会ったのがきっかけでした。俳優の起用も、有名で才能があるから、ということはあまりなく、期待してなかったものが得られる方がいいのです」
与えられたものに反応するだけ
「映画の中に印象的なクローズアップが2回あります。その二つのつながりは」と聞かれて「だらしなく聞こえそうですが、分からないです」といささか申し訳なさそうに。「脚本は撮影の日の朝早くに書いて、撮影中にどうするか決めます。ズームインするかどうかは分からないんです」
「撮影前にある方向性があるのでなくて、与えられたものに何かを感じて、それを配置して、つなげていく。毎日飛び込んでいく感覚です。絶望的に思うこともあるけれど、誰かが死ぬわけじゃない。そこにあるものに反応するんです」。今作は全編を通じてフォーカスが甘め、ちょっとピンボケだ。「どの方向に進むのか、初日は分からないのでちょっと難しい。今回は焦点をずらそうと、ちょっとだけ思ったんです。そうしたかった、というだけなのです」
さらに「監督の作品には、いつも象徴するような物が登場すると思います。今回は古い車でした。そのことについて聞かせてください」という質問にも「何かに象徴させることは安易だし、信じていません。だから、意味ありげですが、意味はないんです。日常にある固定観念を裏切ることで、何かが開かれると思います」。よく分からないながら、ホン・サンス作品の神髄を垣間見たような気分になれたのだった。