「WALK UP」のクォン・ヘヒョ=新宮巳美撮影

「WALK UP」のクォン・ヘヒョ=新宮巳美撮影

2024.7.12

ホン・サンス組の台本は当日朝「計画立たないからこそ演技は自由」クォン・ヘヒョ 「WALK UP」

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勝田友巳

勝田友巳

ホン・サンス監督作品の常連、クォン・ヘヒョ。新作「WALK UP」でも、他のホン・サンス作品で何度も演じた映画監督にふんしている。物語の全体像を知らされない独特の撮影を「演技のワナから自由になれる」と楽しみながら、モテモテ映画監督には「ホン監督も、私も投影されているのでは」。演技について、地道に取り組む社会活動について聞いた。



物語の前後 分からず撮影に

ホン監督とは、「3人のアンヌ」(2012年)以来の付き合い。俳優は完成台本を持たず、撮影当日の朝に、その日の撮影分だけが渡される。途中参加の俳優には、つながりも教えないという。

 

「その日に撮った分の台本は、全部持ち帰ってしまう。だからそのシーンに出演していない俳優さんは、前の日に何を撮ったか、全く分からない。私も、前の日には娘の父親として演技をしていたのに、次の日の台本には他の女性と暮らしている男になっている。そうすると、父親だった時のことは忘れて、その瞬間だけに集中することになります」

 

予測不能だから真実

俳優として、戸惑いませんか。「完全に反対ですね。というのも、俳優は本能的に、自分が演じるキャラクターについて悩みます。こういう人だろうと決めて、事前に計画を立てて演じる。でも実はそれが、演技のワナです。私たちは一定ではない。外で仕事している時と家では違うし、お互いのことを分かっているわけじゃない。撮影している間は、次に何が起きるか知っているのに知らないふりをしているにすぎないんです」


「ところがホン監督の現場では、当日の朝まで何をするのか分からないので、悩みようがない。演技の慣習やテクニックが必要なくなるんです。相手のセリフを一生懸命聞いて、誠心誠意反応し、心を込めてセリフを伝える。楽しくて、自由になれる。もし失敗しても、監督のせいだと思えるところもありますしね。そう考えると、ホン監督の作品は最も真実に近いのかもしれません」



リハーサル重ねアドリブなし

「WALK UP」は4階建てのアパートを舞台に、クォンが演じる映画監督ビョンスが、1階ごとに違う女性と付き合っている様子を4章仕立てで描く。物語はつながっているようないないような、ビョンスの造形もちょっとずつ異なる。俳優たちは実に自然だ。1シーン1カットの場面が多く、ビョンスと2人の女性がワインを飲みながらおしゃべりをする場面は、17分もの長回し。その間もなめらかに会話が続き、穏やかに場面は過ぎる。


しかしそこに至るまでは大変だ。「短い時間でセリフを完璧に覚えて、他の俳優さんたちとアンサンブルしなければならない。時間をかけて念入りにリハーサルをします。監督も交えて細かいニュアンスやリズムなどを確かめて、本番でもテークを重ねながら修正していきます。アドリブはありません。カットを分けて撮る作品よりも、多くの時間が必要なんですよ」



不定形のキャラクターが魅力

ホン監督の作品では、しばしば映画監督役。いつもお酒を飲み、そして女性にモテモテ。これって、監督自身の投影なのでは。「韓国の観客から、その質問をよくされます。でも、監督は肯定も否定もしないです。自分が一番よく知っていることに集中して作品を作っているから、登場人物に本人の姿も入っているでしょうし、きっと私の姿も紛れ込んでいると思いますよ」


ビョンスは相手の女性によって、人物像が微妙に変わる。同じ人物と受け取っていいんでしょうか。「階ごとに違った人物かもしれないし、一人の人間だとも言える。定まったキャラクターではなく、いろいろな面を見られる。そこがこの映画が非常に特別な点だと思います」



「モンダンヨンピル」平和と和解求めて

ドラマ「冬のソナタ」のキム次長で一躍知られ、ホン監督作ばかりでなく映画「感染半島 ファイナル・ステージ」、Netflixドラマシリーズ「寄生獣 ザ・グレイ」など広く活躍。一方で、社会活動にも積極的に関わってきた。東日本大震災後に来日した際に朝鮮学校の苦境を知って「モンダンヨンピル(ちびた鉛筆)」を設立、支援活動を続けている。「私は俳優である前に、大韓民国の一市民としてどう生きるか考えます。朝鮮学校支援には、国家の体制や政治を超えて、真の平和と和解を求めるという気持ちで取り組んでいます」と話す。


日本と南北朝鮮の関係は一筋縄ではいかず、朝鮮学校支援にもさまざまな意見がある。「記憶の中の歴史において、誰がどの立場にいるかではなく、テキストとして、ありのままの歴史をまず受け入れなければいけない。今までの問題が積み重なっているだけに、簡単に解決できるとは思っていません、それでも日本や韓国、北朝鮮が平和を追い求め、その中で学校が存在すればいいと思います」

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ライター
勝田友巳

勝田友巳

かつた・ともみ ひとシネマ編集長、毎日新聞学芸部専門記者。1965年生まれ。90年毎日新聞入社。学芸部で映画を担当し、毎日新聞で「シネマの週末」「映画のミカタ」、週刊エコノミストで「アートな時間」などを執筆。

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