第79回毎日映画コンクール<作品部門>選考経過・講評

第79回毎日映画コンクール<作品部門>選考経過・講評

2025.1.29

日本映画大賞「夜明けのすべて」は「現代への希望示した」 毎日映画コンクール 【選考経過・講評】

2024年を代表する映画、俳優を選ぶ「第79回毎日映画コンクール」。時代に合わせて選考方法や賞をリニューアルし、新たな一歩を踏み出します。選考経過から受賞者インタビューまで、ひとシネマがお伝えします。

第79回毎日映画コンクールの各賞が決まった。各賞の選考経過と講評をまとめた。


「夜明けのすべて」 ©瀬尾まいこ/2024 「夜明けのすべて」製作委員会

日本映画大賞「夜明けのすべて」

日本映画大賞の候補は「悪は存在しない」「あんのこと」「侍タイムスリッパー」「ナミビアの砂漠」「夜明けのすべて」の5作。約70人の選考委員による投票で上位作品を候補とし、2次選考委員4人による討議で決定した。
 
2次選考委員は、安藤裕康(東京国際映画祭チェアマン)▽角田光代(作家)▽斉藤綾子(明治学院大文学部芸術学科教授)▽佐伯知紀(映画映像研究者)。
 
討議では、各委員が1作ごとに検討。「悪は存在しない」は「実験的な作品が商業的にも成立すると証明」「驚きの連続で、解釈の余地も広い。見たことがない映画」、「夜明けのすべて」は「世界が分断する中で、人間同士の緩い連帯が救いとなることを描いている」「完成度が高い」と評価が集中した。一方で「夜明けのすべて」に「セリフが説明的では」といった疑問も。
 
「ナミビアの砂漠」を「私が分からない私を、ゆっくりと受け入れることを言葉でなく表現した」と推す声もあった。半面、「闇の中にいるままで救いがない」「世界が狭すぎる」「大賞というより新人賞」という意見も。「あんのこと」は現代日本の一面を描いていることへの理解は示されたが、「ドキュメンタリーにした方が良かった」「社会問題の扱い方に疑問」など慎重意見が出た。「侍タイムスリッパー」は全員が「面白く見た」と一致。しかし同時に、「大賞としてはどうか」との付言でも一致していた。
 
討議を進める中で、「悪は存在しない」の斬新さや独創性への称賛と、「夜明けのすべて」の完成度への高さに議論が集中。「現代日本の闇を描いているという点では、多くの作品が共通している」中で、「夜明けのすべて」が「前向きで、希望を見いだすためのありようを示している」と大賞とすることで全員が一致した。
 

個性的で特徴ある作品が並んだ 佐伯知紀(選考委員長)

2024年の日本映画は、全体として小粒だった印象がある。候補には個性的で特徴のある作品がそろい、受賞結果は順当だったのではないか。

「夜明けのすべて」は、題材を含め現代的だった。心の中に抱えこんだ暗がりを見つめている主人公2人の関係は、恋愛のもつ湿った感情とは遠く、適度な距離をとりながら、静かに生きていこうとする姿が魅力的だった。プラネタリウムの使い方も効果的で、主人公の心情と重ねたナレーションも成功していた。三宅唱監督はそれぞれの人物の描き方が丁寧で、深々とした余韻を残してくれた。

「悪は存在しない」は問題作。濱口竜介監督が「ドライブ・マイ・カー」の後でこうした実験的、冒険的な作品に挑んだことを評価したい。観客に解釈を委ねるような結末に戸惑った人もいたかもしれないが、撮影は素晴らしいものだった。

明るいといえない時代示す 角田光代(作家)

ノミネート作は今の時代が明るい時代とはいえないことを実感する、不安をあおるような、見ていて苦しくなる映画が多かった。程度の差や状況は違うが、みんな何か生きづらさみたいなものを背負っている。「今の時代が窮屈なのかな?」という印象を持ちながら見ていた。

「悪は存在しない」はラストの意味が何なのか、非常に考えさせられた。たぶんいろいろな答えがあり、それはどれも間違いではないだろう。好きな映画というよりは心に残る映画だった。「ナミビアの砂漠」は一切説明せずに日常を見せていく描き方が面白かった。ただ、あの役者でなければ成立しない映画だと思った。

「夜明けのすべて」は題材としてあまり扱われてこなかったPMS(月経前症候群)という、病気ではないが漢方も効いているのか分からず、どうしたらいいのか分からないものを取り上げたのが面白い。選考では「ゆるやかな連帯」という言葉も出たが、優しさという言葉にもならないような優しさがうまく描かれた繊細な映画だと思う。

観客包括する「夜明けのすべて」 斉藤綾子(明治学院大文学部芸術学科教授)

ノミネートには実験的な「ナミビアの砂漠」「悪は存在しない」がある一方、老若男女が楽しめる「侍タイムスリッパー」も入っていた。「夜明けのすべて」は観客にサービスするような視点は全くないにもかかわらず、観客を包括的に受け入れる映画ではないかと思った。亡くなった人に対する残された者の喪失の感情がプラネタリウムでの語りの中に込められている。プラネタリウムのシーンでは心を動かされる人が多かったのではないか。

「悪は存在しない」は、濱口竜介監督の脚本や映画作りの強さが出ていた。自然と人間の領域、その関係性を差し出している。ラストシーンは見ている各自が自由に解釈することができる。現代の映画で、観客に自由を与える映画を作ったことを評価したい。

「ナミビアの砂漠」は山中瑶子監督と河合優実という若い監督と俳優による、女性のエネルギーが感じられる野心作だった。自分自身でもどうしようもないある種の若さ、本能的な部分と自分の身体というものの生々しい関係性をスクリーンの前で引き出したことは、多くの若い人たちにとって印象的だったのではないか。

世界への飛躍を期待 安藤裕康(東京国際映画祭チェアマン)

「夜明けのすべて」は、まさに今の時代に求められる作品だった。国際社会は分断されて欧米中心主義的な秩序が見直され、世界がどこに向かおうとしているか見えない状況だ。その中にあって「夜明けのすべて」は、一つの価値や秩序で無理に統一するのではなく、それぞれが自分を大切にし、自然にゆるやかに連帯する可能性を示していた。人類の歴史や宇宙まで視野に入れた物語からは、現代の争いがささいなことに過ぎないと思えてくる。

候補作には心に闇を抱えた人物が多く描かれ、本作もその一つだが、見終わってホッとし、温かくなってくる余韻が心地よかった。東京国際映画祭では、三宅監督に黒澤明賞を贈呈した。今後、黒澤監督と同じように世界へと飛躍するよう期待したい。「悪は存在しない」も、脚本、撮影、演技、音楽とも優れた作品だった。

今回の候補5作は、日本映画らしい繊細さを持っていた。一方で、世界的な評価を得るためにはもう少しスケールの大きさを望みたい。


「オッペンハイマー」© Universal Pictures. All Rights Reserved.

外国映画ベストワン賞「オッペンハイマー」

外国映画ベストワン賞は、約70人の投票により上位5作品を候補とし、これらを対象に再度投票を行い、最多得票作品を受賞作とした。

「原爆の父」と呼ばれた物理学者、ロバート・オッペンハイマーの伝記映画。物理学者として頭角を現してから原爆投下に成功し英雄視されるまでと、戦後、核開発に反対し共産主義者と非難されて失脚に至る経緯を追いつつ、オッペンハイマーの複雑な性格や葛藤もダイナミックに描出。トリニティ実験を再現した映像的スペクタクルも見せ場となった。原爆投下とその余波を、米国側から描き出した野心作だった。(勝田友巳)


外国映画ベストワン賞投票結果

オッペンハイマー        29
シビル・ウォー アメリカ最後の日 11
哀れなるものたち        10
関心領域            18
人間の境界           4

TSUTAYA DISCAS映画ファン賞「夜明けのすべて」「インサイド・ヘッド2」

TSUTAYA DISCAS映画ファン賞は、2024年の公開作品を対象に、映画ファンが投票。日本映画、外国映画それぞれの最多得票作品を受賞作とした。

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