毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。
2022.3.24
この1本:「ベルファスト」 輝く日常むしばむ暴力
北アイルランド紛争を、1969年のベルファストを舞台に9歳の少年の目から描く。北アイルランドだけでなく世界各地で、隣人同士が宗教やイデオロギーで分断され争ってきた。ウクライナでの戦争を感じながらこの映画を見れば、その愚かさと悲惨さはいっそう生々しい。
家の近くで竜退治ごっこをしていた9歳のバディ(ジュード・ヒル)が母親から夕飯に呼ばれ、にぎやかに家路に就く。のどかな光景から始まった映画はしかし、怒号とともに押し寄せる男たちによって一変する。プロテスタント系の過激派が、カトリック系の住民を襲撃したのだ。バディの日常を突き破った暴力は、彼の生活に居座ることになる。ケネス・ブラナー監督は、同時代を生きた自身を投影したバディの視点で、紛争の中の日常をたどっていく。
バディの家はプロテスタント系。しっかり者の母親(カトリーナ・バルフ)、英国に出稼ぎに行っている大工の父親(ジェイミー・ドーナン)、近くに暮らす祖父母(キアラン・ハインズ、ジュディ・デンチ)らに囲まれて暮らす、無邪気で元気な少年だ。その目と耳で、紛争にまつわる不穏な断片と身辺の心配や関心事を等価に捉えている。
路地の入り口のバリケード。英国から戻る父親の険しい表情。両親の口論。一方で、好きな女の子は気になるし、父親と見に行く映画に夢中だ。ブラナー監督は巧みな語り口で、安全のために移住を説く父親と、古里を離れたがらない母親の葛藤など、大人の事情も余さず伝える。紛争の中に置かれた少年の不安と混乱と、そして家族の絆を、白黒の映像に力強く描き出す。
シェークスピアものから、公開中の「ナイル殺人事件」など大作も手がけるブラナー監督の、渾身(こんしん)の一作。アカデミー賞作品賞候補も納得だ。1時間38分。東京・TOHOシネマズシャンテ、大阪・TOHOシネマズ梅田ほか。(勝)
ここに注目
北アイルランドを舞台にした映画で思い出すのは、「邪魔者は殺せ」「ブラディ・サンデー」といった殺伐とした作品ばかり。しかしワンパク盛りの少年の視点で映像化された本作は、初恋あり冒険ありで、映画や音楽がもたらす驚きと喜び、躍動感に満ちあふれている。一方で、バディを取り巻く大人たちの苦い現実も描かれており、〝旅立ち〟の代償となる〝別れ〟のドラマに胸を打たれる。ジュディ・デンチを祖母役に起用したキャスティングも効果絶大で、終幕間際、この大女優の〝顔〟にすべてを委ねたワンショットが素晴らしい。(諭)
技あり
ハリス・ザンバーラウコス撮影監督は「艶のあるハリウッドのモノクロ映画」と、報道写真家ブレッソンの「想像力を必要とする詩的な手法」の融合を狙う。パンデミックでロケが制限され、空港の一隅にバディの家と通りのオープンセットを造った。広角レンズと移動撮影をしきりに使う。祖父の家の裏庭で、バディが下手の戸のない便器に座って祖父に女友達の相談をし、上手の窓から祖母が見える。また暴動の始まりに遭遇したバディの動揺を、ぐるぐる回る移動撮影で表現。当時のベルファストの「平凡な世界」を魅力的に見せた。(渡)