毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。
2021.2.04
特選掘り出し!:「モルエラニの霧の中」 巡る季節、呼び起こす記憶
「モルエラニ」はアイヌの言葉で「小さな坂道を下りた所」の意味で、「室蘭」の語源の一つとか。北海道・室蘭の人々を淡い筆致で描く、全7話のオムニバス。前後編で3時間34分と長尺ながら、その時間が確かに必要だったと感じさせる、深い味わいである。
四季を追いながら語られる物語は、不確かで幻想的だ。例えば第2話「名残りの花」。季節は春。写真館主の幹夫(大杉漣)が倒れ、息子の真太(河合龍之介)が久しぶりに帰郷する。真太は古い写真を見つけて持ち主に配り、幹夫が毎年肖像写真を撮り続ける蕗子(香川京子)と出会う。わけありげな父子の関係はつまびらかにされず、蕗子の素性も明かされない。幹夫が愛用した古い写真機や蓄音機。蕗子が見上げる満開の桜の古木。説明を排して、イメージを重ねてゆく。
七つの物語の登場人物は緩やかにつながり、風景を美しく切り取る。画面は白黒からカラーへ、横長のアメリカンビスタからスタンダードへと行き来する。コロナ禍での公開延期もあり、撮影開始から6年。この間、出演した大杉と小松政夫が亡くなった。室蘭の土地や映画史の、それに映画を見る観客の記憶まで、重層的に呼び起こすのだ。坪川拓史監督。東京・岩波ホール。順次全国でも。(勝)