「ルックバック」より © 藤本タツキ/集英社 © 2024「ルックバック」製作委員会

「ルックバック」より © 藤本タツキ/集英社 © 2024「ルックバック」製作委員会

2024.6.23

「ルックバック」が描いた クリエーターの光と闇。「チェンソーマン」作者の衝撃作を映画化

SYO

SYO

「チェンソーマン」で知られる漫画家・藤本タツキが2021年に電子書籍サービス「少年ジャンプ+」にて発表した読み切り作品「ルックバック」が、アニメ映画化された。配信から2日たたずで400万PVを記録するなどすさまじい反響を呼び起こし、その後「このマンガがすごい!2022」オトコ編第1位にも輝いた一作。
 
映画化にあたり、「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破」「風立ちぬ」等に携わった押山清高が監督・脚本・キャラクターデザインを担当し、「あんのこと」や「不適切にもほどがある!」ほか出演作の公開・放送が相次ぐ河合優実と「あつい胸さわぎ」「カムイのうた」の吉田美月喜がボイスキャストを務めた。
 


4コマ漫画を描いている小学生2人が主人公

雪深い東北の田舎で暮らす小学4年生・藤野(河合優実)は、学年新聞で4コマ漫画を連載しており、自分の画力を誇っていた。ところがある日、不登校の同級生・京本(吉田美月喜)が描き上げた4コマ漫画を目にし、その画力の差にがくぜん。悔しさから猛特訓を開始し、少しずつ上達するも京本との差は歴然で、6年生の途中であきらめてしまう。
 
卒業式の日、担任から「京本に卒業証書を届けてほしい」と頼まれた藤野は、彼女と邂逅(かいこう)。自分を「先生」と崇める京本と組み、再び漫画を描き始める。ふたりの努力は実を結び、商業作家として歩み始めるが、やがて痛ましい事件が起こってしまう――。
 
「ルックバック」は、一言で表すならクリエーターの光と闇を描いた作品だ。特に「一人ではない」ことの功罪が美しさと残酷さの両面からつむぎ出されていく。井の中の蛙(かわず)状態だった藤野は京本の存在を知り、絶望→奮起→諦念を経験する。
 
周囲に褒められて「自分はナンバーワンだ」と思っていたものが、実は競合のいないオンリーワン状態だったのだと思い知り、競争原理にのみ込まれていくのだ。その結果努力して上達する展開はクリエーターとしての「成長」といえるだろうが、本作はそこに潜む「ふるい落とし」から目を背けない。
 

クリエーターの業と性を突きつける

絵を描く、ものを作ることを志す人間が「自分だけではない」と知ること。自分が大好きな、これしかないと思う道にも上級者はいるもので、そこで「もっとうまくなりたい」「勝ちたい」と思えるか、努力できるかどうかでまず「続ける者」と「諦める者」が生まれてしまう。努力は才能をカバーしてくれるものではあるだろうが、才能をもって生まれた人間が努力しないとは限らない。
 
藤野がどれだけ努力しても、彼女が授業を受けている時間も全部「絵を描く」ことに費やす京本との差はなかなか縮まらない。さらに残酷なことに、外野は当事者の努力などはお構いなしに作品という結果だけを見て比較し、身勝手に祭り上げたり時には妬んだりする。周囲に「藤野より京本の方がうまい」と言われ、自身の審美眼も同意し、ならばと伸びしろに懸けるもやがて心が折れてしまう展開は、的確に真理をついている。
 
その後、かなわない存在だった京本に「認められる」ことで自信が回復し(感情があふれ、走り出すシーンの演出が見事だ)、画力だけではない創作力を開花させていく藤野。物語を生み出す発想力や構成力、コマ割り等の見せ方の創意工夫――。自身の強みと足りないものを受け入れ、京本に補完してもらうことでプロへの道を歩み始める流れは感動的だが、この幸運がなかったらどうか。
 
藤野は漫画家にならなかっただろうし、京本は自宅に引きこもったままだったかもしれない。何を幸せととらえるかは当人次第だろうが、費やした努力が結果に直結したかどうかは紙一重なのだ――ということを本作は突きつけてくる。その象徴が、後半に待つ悲劇だ。
 
ネタバレを避けるために詳細は省くが、クリエーターとして認められなかった結果、周囲に憎悪をぶつけてしまう人物が後半に登場する。その人物を藤野や京本とスタートを同じくする存在ととらえるか――つまり「ふるい落とされてしまった」人物ととらえるかどうかは観賞者それぞれに委ねられているかもしれないが、ただ「作る」だけでは終わらせてくれないものづくりの正体が、明確に影を落としている。自分とは異なる才能を持つ他者との出会いを、何に変換するか――。
 
ここで注目したいのは、タイトルの「ルックバック」。「Look Back」という言葉には「背中を見る」「振り返る」等の意味があり、原作の読者の間ではオアシスの名曲「Don’t Look Back in Anger」とのリンクも考察されている。そこに本作のキャッチコピー「――描き続ける。」を加味すると、さまざまな出会いにより痛みを受けた藤野が、それでもクリエーターとして創作に向き合い続ける姿が浮かび上がってくる。
 
ちなみに、藤野の部屋には「バタフライ・エフェクト」「時をかける少女」「ビッグ・フィッシュ」等をもじった映画ポスターが飾られており、これらの作品を見た者であれば、藤野の悲壮な覚悟を感じ取るのではないか。クリエーターは、ただ独りではいられない。認められた以上は、生きて、作り続けていくのだと。
 
「ルックバック」は6月28日(金)全国公開

関連記事

ライター
SYO

SYO

1987年福井県生まれ。東京学芸大学にて映像・演劇表現を学んだのち、映画雑誌の編集プロダクション、映画WEBメディアでの勤務を経て2020年に独立。 映画・アニメ、ドラマを中心に、小説や漫画、音楽などエンタメ系全般のインタビュー、レビュー、コラム等を各メディアにて執筆。トークイベント、映画情報番組への出演も行う。