毎日映画コンクールは、1年間の優れた映画、活躍した映画人を広く顕彰する映画賞。終戦間もなく始まり、映画界を応援し続けている。第77回の受賞作・者が決まった。
2023.1.30
男優助演賞 窪田正孝 難役を手探りで「階段を上らせてくれた」:第77回毎日映画コンクール
「ある男」の、正体を隠し別人として生きる「大祐」はピタリとはまった役だったかもしれない。取材をしていても、優しく実直な受け答えに感心する一方で、瞳の奥に何かを隠しているようにも見える。その奥行きは時に謎めいて、微妙な陰影を帯びる。そんな自身のたたずまいと「大祐」が重なった。納得の男優助演賞だ。
別人の人生を生きる男
「大祐」とカッコ付きなのは、本名が分からないから。「大祐」は安藤サクラ演じる里枝の前にフラリと現れ、やがて結婚、子供も生まれる。ところが数年後に事故死し、大祐になりすました別人だったことが分かる。妻夫木聡演じる弁護士・城戸が、里枝の依頼で正体を調べ始めると、次々と真実が明らかになってゆく。
俳優としてのキャリアも15年を超え、大小硬軟さまざまな映画、テレビで経験を積んできたが、「ある男」(石川慶監督)は勝手が違った。
「それまで演じる時って、自分を情報で埋め尽くしていました。その方が、空間にいやすい気がするんです。何もない部屋は、ソファや観葉植物を置いた方が落ち着いたりする、あれに似ている。安心感がある」。いわば足し算の役作り。
「ある男」©2022「ある男」製作委員会
引き算の役作り
「この作品では、『大祐』がいなくなった後に、城戸や里枝が本当の姿を探すことになる。石川監督とは、見えない答えはグレーゾーンにしておこうと話しました。自然な笑いの裏にも、実はこういうことがあってと、何か隠して生きているんです」
一方で、「大祐」が里枝や子供たちと感じた幸せは、偽りのない本物だ。「誰でも忘れたい過去やトラウマはあるけれど、そこに蓋(ふた)をした瞬間は忘れている、なかったことにする。『大祐』は自分の顔を見たくない。過去を思い出すから。鏡がない世界にいたかったのだと思う。幸せな時間は彼にとって真実だったんです」。だから今回は「バックボーンは出さないで、役を引いていくという意識がありました」。
撮影中は1回でOKが出ることはなく、何度もテークを重ねた。石川監督は理由を説明しない。探りながら演じた。
「ある男」©2022「ある男」製作委員会
台本にないことを模索した
「今のがOKじゃないなら、違う形を提示しなきゃいけない。台本にないことを模索するというか。OKが出ても、どうしてか分からず、モヤモヤが残ったりもしました。撮影中は、達成感はなかった」。とはいえ、そこも演技の奥深さ。「原点にもどる感じ。映画っていいなと思える瞬間がありました」
撮影から時間を経て、石川監督の意図を推測できるようになった。「こっちが思ってることや考えを全部、吐き出して吐き出して、なくなった先の本人みたいなものが求められていたんじゃないかな。見えない気持ち、見えない部分を見ようとしていたんだと思います」
象徴的な場面があった。映画の後半、ボクサーだったころの「大祐」がランニングの途中で突然倒れ、泣きじゃくる。「監督から『赤ちゃんが生まれて出てきた時のようなイメージです』みたいなことを言われて、理解はできなかったけど、ニュアンスは分からなくはない。何も持っていない、何者にもなれない男が、初めて自分の感情があふれてきて、声にならない声を出す。演じる先の結末みたいなものが、あの時完成した気がしたんです」
哲学的な場所に入っていく作品だった
その人物像は、映画のテーマとも通じると感じていた。「何も隠していない人の方が少ないでしょう。誰もが答えを探しているんじゃないか。そんな哲学的な場所に入ってゆく作品だと思っていました」
苦労した作品だけに、手応えを感じているようだ。「撮影が終わって、試写で見たり、取材を受けたりして改めて向き合うと、また一つ階段を上らせてくれたなと感じます。役者やらしてもらって、がんばったことが評価される。そういう作品に出合えることは少ないと思う。役、監督、作品、何より人との巡り合いに、縁を感じます。賞は純粋にうれしいです」
2022年は「ある男」を含め、公開作品が5本。小規模な「決選は日曜日」「マイ・ブロークン・マリコ」、ドラマの映画化「劇場版 ラジエーションハウス」、短編オムニバス「MIRRORLIAR FILMS Season4」の1本。俳優として充実期に向かっている。
丸裸でいた方が、自分にウソがない
「経験値が上がるし成長も重ねて、いろんなものが知らないうちに身に付いたりする。人と会って話をして、私生活が豊かになる。そうしてインプットしたものが、反映される」
「以前は持ってるものに固執してたけど、今は逆にどんどん手放す。古くなったアザは一回取り払って、またゼロに戻る。その繰り返し。常に丸裸でいたほうが、自分にウソがなくいられる。そういうことを面白がれるようになりました」
想像もしていなかった世界に、10代の終わりに飛び込んだ。間もなく主演したドラマ「ケータイ捜査官7」で、1年間どっぷりと役に浸ったことで演技の面白さと出会った。
「一人の人間が描けることに、限度はある気がしている。でもその尺を自分で決めて、この程度って思っちゃったら、それで終わり。惰性で生きたら楽なんですよね、たぶん。でも、この世界は表現する場所。いろんなことに興味を持ち続けて、多少危ない橋を渡ってでも、経験したほうが面白い。もっと先があるって、自分を信じる。って言うとちょっとウソくさいけど、だます。信じるようにだまし続けていくしかないなあって気がしています。そうしてまた、新しい作品に出合っていくのかな」