「帰ってきた あぶない刑事」の完成披露試写会であいさつする(左から)浅野温子、舘ひろし、柴田恭兵、仲村トオル=2024年5月3日、横浜市で勝田友巳撮影

「帰ってきた あぶない刑事」の完成披露試写会であいさつする(左から)浅野温子、舘ひろし、柴田恭兵、仲村トオル=2024年5月3日、横浜市で勝田友巳撮影

2024.5.28

「あぶ刑事」タカ&ユージ=舘ひろし×柴田恭兵の年代問わず通じる格好良さ 源をたどれば……

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鈴木元 

鈴木元 

ついになのか、ようやくなのか、それとも今さらなのか。三つ目の意見はないことを願うばかりだが、とにかくタカ&ユージが「帰ってきた」ことに感慨を覚えずにはいられない。「帰ってきたあぶない刑事(デカ)」である。


始まりは「新鮮、アクション、モダン」なコンビ

舘ひろし演じるダンディー鷹山こと鷹山敏樹と、柴田恭兵ふんするセクシー大下こと大下勇次。昭和、平成、令和を駆け抜けることになる伝説のコンビは、1986年の日本テレビ系の連続ドラマ「あぶない刑事」で誕生した。当時は「西部警察」が終了し、「太陽にほえろ!PART2」が始まろうとしていた頃。日本テレビの制作チーフだった岡田晋吉から新しい刑事ドラマの相談を受けたセントラル・アーツのプロデューサー・黒澤満が、「テレビでの露出が少なく、アクションができるモダンな俳優」ということで、かつて映画で起用した2人を組ませたのが全ての始まりだった。

「ハードボイルド、スタイリッシュ、ファッショナブル」。舘が常々口にしているテーマを実現すべく、村川透、長谷部安春を中心とした演出陣をはじめ脚本の大川俊道、柏原寛司、撮影の仙元誠三ら映画畑のスタッフが集結。舘、柴田とも当時、30代半ばで脂が乗っていた時期。「西部警察」などで石原軍団の中核を担い、長谷部監督の作り上げるハードボイルドの世界観を踏襲する舘。一方の柴田は、恩人と呼ぶ村川監督のアドリブや現場でのアイデアを取り入れていくスタイルの申し子。この対極ともいえる2人の邂逅(かいこう)が見事にはまった。

カーチェイス、銃撃戦、追跡劇と横浜の街を縦横無尽に暴れ回り、コメディー要素もたっぷり。初回から15%前後の高視聴率を保ち、当初は2クール(半年)の予定だったが、約1年に延びる人気を誇った。


ドラマ「あぶない刑事」=東映提供

互いの長所引き出し魅力増幅

舘は「第1話からユージはスタイリッシュ、それからアドリブ中心になっていった」と述懐し、「『あぶない刑事』は柴田恭兵の作品だと思っている。これだけ面白くしてきたのは彼」と、後に柴田を「恭サマ」と親しみを込めて呼ぶようになる。対する柴田も、1歳上の舘に敬意を表しつつ「柴田恭兵と舘ひろしが感じている格好良さは、年配の人にも小学生にも絶対に通じると思っている。ただ、それは僕1人ではできない。タカとユージのコンビの妙」と断言する。

個の強さが融合し数倍、数十倍に膨れ上がったことが、これほどの支持を集めた大きな要因といえる。それまで刑事ドラマでのバディーは、互いの短所を補完し合うのが定番だった。だが、2人はその〝常識〟をあっさりと覆す。それぞれの長所を前面に押し出し、互いに引き出し合いキャラクターの魅力を増幅させていった。

これに、当時は初の連続ドラマ出演で、38年たっても「トロい動物」扱いの仲村トオルの町田透の癒やし的な存在、いまやシリーズの名物とも言える「出オチ」など自由奔放な振る舞いでかき回す浅野温子の真山薫の爆発力が加わり、唯一無二のカルテットが形成される。第45、50話で22.9%の最高視聴率を記録し、残り10話ほどの段階で映画化が決まったのも当然の成り行きだった。


映画「あぶない刑事」=東映提供

フレームの外はファンがぎっしり

映画「あぶない刑事」の撮影時には、横浜のロケ地が聖地となりファンで埋め尽くされる事態に。ビスタサイズのフレームの外は全てファンということも多々あり、時には撮影中止を余儀なくされることもあったという。87年の正月映画として公開され興行収入26億円。翌88年の日本映画の興行ランキングで4位に入る大ヒットとなった。その勢いを駆って88年は夏に映画「またまたあぶない刑事」を公開、10月から連続ドラマ「もっとあぶない刑事」を放送と畳みかける。第6話ではシリーズ最高の視聴率26.4%をたたき出した。

その後、映画とテレビスペシャルを不定期に製作し続けたが、徐々に人気に陰りが見えたのも確か。だが、その理由ははっきりしている。映画のスケールを重視したためか、ミサイルが飛び交ったりタンカーを人力で止めようとしたりと、荒唐無稽(むけい)な描写が増え、元来軸に据えるはずの骨太のストーリーが見えにくくなってしまったからだ。

そこで、原点回帰を目指しシリーズ30周年を記念して10年ぶりに製作されたのが2016年の映画「さらば あぶない刑事」。その間、ファンからの復活を望む手紙が配給の東映などに絶えず届き、12年に講談社から発売されたDVDマガジンが、既に全巻発売されているにもかかわらず120万部の大ベストセラーになったことも後押しとなった。

撮影前には舘の呼びかけで柴田と主要スタッフらが集まってミーティングを開き、現場でも柴田がどのようなアドリブを入れるか、それに舘がどう応えるかなど綿密な打ち合わせをしながら1シーン、1カットを積み重ねていった。最終章と銘打ったこともあるが、興収16億1000万円ときっちりV字回復。バディーものの新たなスタンダードをつくり、長い時間をかけて成長、熟成させて構築した2人の絶対領域ともいえる信頼関係の集大成といえた。


「帰ってきた あぶない刑事」©️2024「帰ってきた あぶない刑事」製作委員会

既視感楽しむ〝お約束の美学〟

それでも、タカ&ユージは帰ってきた。既に定年を過ぎ刑事ですらないのだが、「あぶ刑事だから関係ないぜ」とばかりにあっさりと8年の時を超えた。共に70代になっても、タカはハーレーにまたがり散弾銃をぶっ放し、ユージは「Running Shot」に合わせ華麗なステップシークエンスを披露する。美学に昇華させたともいえるお約束の数々をファンは待ち望み、既視感を楽しむように快哉(かいさい)を叫ぶ。

仲村は「38年同じ役をやっているのは、アニメ以外ではゴジラと仮面ライダーと舘さんと柴田さんだけらしい。一生懸命ついてきて良かった」と最大級のリスペクト。98年「あぶない刑事フォーエヴァー THE MOVIE」では、2人のサングラスが海に沈んでいくラストシーンが話題となった。05年「まだまだあぶない刑事」には死体のDNAが2人と一致するというくだりがあった。だが2人はもちろん、横浜港署はこれまで殉職者を1人も出していない。


「帰ってきた あぶない刑事」©️2024「帰ってきた あぶない刑事」製作委員会

どれほどの窮地に陥っても時にスマートに、時に優雅に、ユーモアもたっぷりとちりばめて切り抜けていくのが「あぶ刑事」スタイル。見る者をハラハラさせながらも、どこか安心感を与えて楽しませるのも大きな魅力の一つといえる。浅野は昨年11月の製作発表で、「8年くらいしたら、またやっているんじゃないかな」と言い放った。せっかく「帰ってきた」のだから、そのまま横浜にいてほしい。シリーズの継続は、ファンならば誰もが望むところ。80代の「あぶ刑事」にも興味はある。ただ、もっと短いスパンで2人の活躍を見たいと願うのは欲張りすぎだろうか。

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ライター
鈴木元 

鈴木元 

すずぎ・げん 映画ジャーナリスト。スポーツニッポンの映画担当を経てフリーに。スポニチ、映画.com、ザ・ハリウッドリポーター・ジャパンなどで取材、執筆活動。業界通信「映画ビジネス」の発行人も務める。

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