「戦場のメリークリスマス」のロケ地クック諸島ラロトンガ島で休憩中ビリヤードに興じる坂本龍一さん=撮影:北澤杏里

「戦場のメリークリスマス」のロケ地クック諸島ラロトンガ島で休憩中ビリヤードに興じる坂本龍一さん=撮影:北澤杏里

2023.4.22

坂本龍一さん追悼 眩しき魂に、千の花を捧ぐ

音楽家、坂本龍一さんが2023年3月28日、咽頭(いんとう)がんのため、71歳で亡くなった。映画音楽の作曲家として俳優として、映画界にも多くの足跡を残してくれた。その功績をしのびます。

北澤杏里

北澤杏里

坂本龍一さんの訃報を聞き、途方に暮れたまま数日が過ぎました。

教授に最初にお会いしたのは1982年の夏、大島渚監督の映画「戦場のメリークリスマス」のロケ地、クック諸島のラロトンガ島でした。7週間にわたる撮影期間、世界地図にも載らないほど小さな、宝石のような南の島で、教授やデビッド・ボウイ、たけしさん、外国人エキストラの皆さんと過ごした日々が蘇(よみがえ)ります。

©大島渚プロダクション
 

嬉しい、嬉しい〜。たまんないね!

当時、教授は30歳。「剣道五段の凜々(りり)しく禁欲的な司令官ヨノイ」に抜てきされた教授は、きりりと引き締まったストイックな表情をしていました。しかし、不思議なものでストイックであろうとすればするほど、内側にある強烈な生命力が眩(まばゆ)い光となって周囲に放たれて、その眩(まぶ)しさに引き寄せられて、YMOのメンバーだということも知らない外国人たちがいつも教授を取り囲んでいたことを思い出します。
 
9月14日の午後、教授はセリエ役のデビッドにキスされるというクライマックスシーンを撮り終え、アンソニー・クラベが施した化粧を落として、喜々とした表情でホテルのダイニングへやって来ました。

「これまで僕は、最小限の動きで最大限の感情表現ができるように演技してきたんだ。でも、今日のシーンはキスされて怒鳴るシーンだったからね。抑えてきた意味が分かるように、解放して大声で怒鳴ったの。そしたら、拍手が起こったんだ! 嬉(うれ)しい、嬉しい〜。たまんないね!」

教授が考え抜いて表現したそのシーンが、まさか、やがて世界の人々の心を揺さぶり、後世に語り継がれるほどの名場面になるなんて、あの日、誰が予想していたでしょう。西洋の美しい軍人のキスによって、若き日本の青年将校が雷に打たれたように崩れ落ちる瞬間の演技は本当に見事でした。しかも、ヨノイの世界観の崩壊を表すように、映像がカクカクッと不思議な動きをしたことで、さらにあのシーンはエモーショナルになりました。それが、偶然にも撮影監督の成島東一郎さんのカメラのフィルムが切れそうになったことから生じた奇跡だったなんて、あまりにもドラマチックではありませんか。あの奇跡は、異文化の中で育った者同士が理解しあおうとする精神的な価値の貴重さを人類史にとどめるために、神が授けた大きなギフトなのだと思えて仕方ありません。

©大島渚プロダクション

人間の残忍さと良心のはざまで苦悶(くもん)し、鬱屈したヨノイを演じた教授はあの日、重要なシーンを撮り終えた解放感から、食事を済ませてコーヒーを飲み終えると、突然、せきを切ったかのように話し出しました。「芸能と芸術の差異」、受け手の間に生まれる無数の「集合無意識」と「共同幻想」、そこから起きる「戦争」や「メディアの未来」について語った意味深いインタビューになりました。今、改めて読み返し、とどめておきたい言葉をここに記します。

「自分はヒーロー性から遠ざかって、無名のほうへ近づいていくほうが好き。自己表現しないデュシャンみたいに。でも普通はゼロ向きの人を表現者とは言わない。社会が貧困化してくると、食べたら甘い、辛いがはっきりわかる表現が物差しになる。味がないものや色がないものは、今の時代には要らないんだよね」

強い味や色のない実験的な表現へ

その後、教授は切なく美しい「戦メリ」や壮大な「ラストエンペラー」などの映画音楽を作曲し、瞬く間に「世界のサカモト」になりました。しかし、あの日の言葉通り、世界のサカモトになってもスター気取りは一切なく、権威にこびることもなく、NYに移住した後も遠く離れた感じもなく、いつ会っても変わらずおちゃめで、誰とでも隔たりなく気さくに話し、旺盛に活動しておられました。やがて教授は豊かな文化を目指し、強い味や色のない実験的な表現へと向かっていかれました。
 
2000年頃から自然の音を収集し、アルバムに収録していたようですが、教授は耳を澄まして、雨音に海の漣(さざなみ)を、風音に北極の白熊の叫びを、星の瞬きに宇宙の創生の音を聴いていたのでしょうか。教授の繊細なピアノ曲は、心の奥深いひだの合間に隠されたほのかな感情のようです。ささやか過ぎてその存在に気づかないほど、儚(はかな)く切ない感情を大切に救い上げるものだから、私は日々の急ぎ足を止め、瞑想(めいそう)するように静かに聴き入ってしまうのです。きっと、その切なさの根源は何かを問うていくことで、人類は再創造するのかもしれない、などと夢想しながら。
 

活動家として生きた教授

ポップなテクノサウンドに始まり、西洋のクラシックをしのぐ美しいピアノ曲、アバンギャルドな実験音楽に至るまで、芸能と芸術の二つの領域で豊かな音色を生み出し、多彩な芸術家として生きた教授。私にレジスタンスの活動家であったギリシャの現代音楽家イヤン・クセナキスを教えてくれた教授。高校時代、遺書を残して安保闘争のデモに出かけていた政治青年だった教授。「非戦」を唱え、亡くなる寸前まで神宮外苑の森の伐採に異議を申し立て、東京都知事に手紙を送り、活動家として生きた教授。あなたの魂は今もきらきらと輝いて、ラロトンガで出会った時と同じく眩く見えます。
 
「芸術は永遠。命は短し」
 
教授、あなたの人生そのものが、芸術でした。
 
R.I.P. RYUICHI SAKAMOTO
              
追悼ロードショーとして5月26日(金)より「戦場のメリークリスマス 4K修復版」、新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町、アップリンク吉祥寺ほか期間限定で上映

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ライター
北澤杏里

北澤杏里

Writer
1982年大島渚監督映画「戦場のメリークリスマス」の撮影地へ取材のため同行。その後、「戦メリ」のムック本「GOUT」「デヴィッド・ボウイ詩集、「デヴィッド・ボウイ鋤田正義写真集 氣」などを編著。音楽、美術、哲学に関する記事のほか、海外旅行記事などを多数執筆。著書に「ダライ・ラマ14世講演集LOVE?」「超訳カント」「超訳デカルト」「ソーシャルディスタンス対応いたしました」などがある。

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