映画「怪物」の公式上映終了後、観客の拍手に感激の面持ちで応える是枝裕和監督=仏カンヌで2023年5月17日、勝田友巳撮影

映画「怪物」の公式上映終了後、観客の拍手に感激の面持ちで応える是枝裕和監督=仏カンヌで2023年5月17日、勝田友巳撮影

2023.5.18

「怪物」カンヌ映画祭で公式上映 観客総立ち鳴りやまぬ拍手 是枝監督が異例のマイクスピーチ

第76回カンヌ国際映画祭が、5月16日から27日まで開催されます。パルムドールを競うコンペティション部門には、日本から是枝裕和監督の「怪物」、ドイツのビム・ベンダース監督が日本で撮影し役所広司が主演した「パーフェクトデイズ」が出品され、賞の行方がきになるところ。北野武監督の「首」も「カンヌ・プレミア」部門で上映されるなど、日本関連の作品が注目を集めそう。ひとシネマでは、映画界最大のお祭りを、編集長の勝田友巳が現地からリポートします。

勝田友巳

勝田友巳

第76回カンヌ国際映画祭のコンペティション部門で17日夜(日本時間18日未明)、是枝裕和監督の「怪物」が、主会場のリュミエール大劇場で公式上映された。是枝監督はじめ、脚本の坂元裕二、出演した安藤サクラ、永山瑛太、子役の黒川想矢、柊木陽太が、正装でレッドカーペットを歩いた。是枝監督のカンヌ入りは、2001年の「DISTANCE」以来8回目。カンヌでは常連、知名度も高い。「怪物」はコンペ21作品の中で最初の上映だった。
 

タキシードなど正装で集う

リュミエール大劇場の夜の上映はドレスコードがあって、男性はタキシード着用を求められる。ここでは映画鑑賞が特別なイベントなのである。記者も着慣れないタキシードにボウタイで、リュミエール大劇場の客席に座った。
 
映画は、小学生の息子から教師に体罰を受けたと告白された母親が学校に抗議するものの、校長はじめ教師は真摯(しんし)な対応をしなかったことから深刻な対立に発展するてんまつを、母親と教師、子どもの視点から描く。ドラマ「それでも、生きてゆく」「Mother」や映画「花束みたいな恋をした」の脚本家、坂元と是枝監督が初めて組んだ。学校の隠蔽(いんぺい)体質や親子間の虐待、性自認などさまざまな社会問題を取り込んでいる。
 
上映中は観客が、リュミエール劇場の巨大なスクリーンを文字通り固唾(かたず)をのんで見守る雰囲気。視点を変えて体罰事件の異なった諸相が描かれてゆく展開に、観客はくぎ付けだった。

©2023「怪物」製作委員会
 

「ブラボー」鳴りやまぬ拍手

映画が終わって暗転すると、会場から「ブラボー」のかけ声と大きな拍手。キャストやスタッフの名前が示されるエンドロールの間も断続的に拍手が続き、客席が明るくなると観客は総立ち。是枝監督らも立ち上がって応えたが、拍手はなかなか鳴りやまない。映画祭のティエリー・フレモー総代表からマイクを渡された是枝監督は「この映画を作った多くのスタッフ、キャストに感謝したい。この場に来られなかった人たちにも、今日の拍手とみなさんの顔を報告したい。素晴らしいワールドプレミアになった」とあいさつ。さらに大きな拍手が起こった。
 
カンヌを取材して10回以上、公式上映のスタンディングオベーションは見慣れた光景だが、今回はちょっと様子が違った。カンヌの上映では本編が終わるとすぐに客席が明るくなって監督に拍手が送られる。クレジットを見ないで席を立つ観客が多いからだ。ところが今回は、出演者とスタッフの名前をしっかり見せた。その間退場する観客もいたものの、多くが拍手を送り続け、熱気も冷めない。監督にマイクが渡されるのも異例だ。反応はひときわ良かったように感じた。

映画「怪物」の公式上映終了後、観客の拍手に応える是枝裕和監督(中央)や俳優の安藤サクラさん(左)ら=仏カンヌで2023年5月17日、勝田友巳撮影
映画「怪物」の公式上映終了後、観客の拍手に応える是枝裕和監督(中央)や俳優の安藤サクラさん(左)ら=仏カンヌで2023年5月17日、勝田友巳撮影


「自分も大ファン」

上映後、是枝監督らが取材に応じた。是枝監督は「コンペのトップバッターで責任重大と思っていたが、観客の顔が輝いていて良かった。自分はこの映画の大ファン。人と人が理解し得ないことを語っているにもかかわらず、見終わると光を感じる。自分の映画でもなかなかない読後感は坂元マジックで、観客にしっかり届いたのだろう」と感想を語った。
 
坂本龍一が最後に手がけた映画音楽で、上映会場では「坂本龍一にささぐ」とクレジットが出るとひときわ大きな拍手が起きた。是枝監督は「坂本さんの体調が良くないと知っていたが、あきらめたら後悔すると思って手紙を書いた。最後に流れてきた曲を聴いて、自分で感動しました」と話していた。
 
安藤は18年にパルムドールを受賞した「万引き家族」に続いて、是枝作品でカンヌ入り。「生きる者すべての美しさを感じた。拍手は今回の方が大きかったと思う」と力を込めた。「前回は初めてで、興奮のうちにあっという間に終わってしまったが、今回はこれがカンヌかとかみしめています。拍手は今回の方が大きかった」。永山さんは「俳優をやってよかったと心から感じた」と話した。是枝監督と初めて組んだ坂元さんは「上映後に監督がほほ笑んでいた。胸が震えるような思い」と感想を語っていた。
  映画「怪物」の公式上映終了後、取材に応じる(左から)是枝裕和監督、俳優の安藤サクラさん、永山瑛太さん、脚本の坂元裕二さん=仏カンヌで2023年5月17日、勝田友巳撮影
映画「怪物」の公式上映終了後、取材に応じる(左から)是枝裕和監督、俳優の安藤サクラさん、永山瑛太さん、脚本の坂元裕二さん=仏カンヌで2023年5月17日、勝田友巳撮影

映画祭では11日の期間中に21本が上映されるから、期間の初めの上映作品は印象が薄れがち。しかし是枝監督が「この映画は3、4日たって反すうする作品と思っていた」という通り、今回は賞レースには有利に働くかもしれない。授賞式は27日に行われる。

ライター
勝田友巳

勝田友巳

かつた・ともみ ひとシネマ編集長、毎日新聞学芸部専門記者。1965年生まれ。90年毎日新聞入社。学芸部で映画を担当し、毎日新聞で「シネマの週末」「映画のミカタ」、週刊エコノミストで「アートな時間」などを執筆。