毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。
2021.6.24
この1本:「いとみち」 津軽の響き、迷って躍動
女子高生、津軽三味線、メイドカフェと三題噺(ばなし)のような青春映画。青森の女子高生いと(駒井蓮)はなまりが強く、引っ込み思案。祖母仕込みの津軽三味線は一流なのに、弾く姿がかっこ悪いと敬遠気味だ。やりたいことが見つからず弾みで応募したメイドカフェのバイトに採用され、新しい世界への扉を開く。
越谷オサムの小説を、横浜聡子監督が映画化した。「ウルトラミラクルラブストーリー」「俳優 亀岡拓次」などを手がけてきた横浜監督、人間観察の視点が独特で、今回も迷える女子高生を主人公にしながら、自分探しにも三味線スポ根物にもせず、いとが他者と出会って視界を広げ、社会とのつながりを結ぶまでを、情に溺れすぎることなく追ってゆく。
いとを導くのは、カフェの同僚、シングルママの幸子(黒川芽以)や、同級生の早苗(ジョナゴールド)ら。それぞれに悩みを抱え、凹凸のある人物たちが、時に耳の痛い言葉を投げつける。
オーナーが詐欺事件で逮捕され、カフェは存続の危機に陥った。いとは父親とケンカして家出し、早苗の家で三味線の魅力を再確認。閉店を決めた店長に、カフェを三味線で立て直したいと訴える。
盛りだくさんの物語の底流を、早くに死んだ母親への思慕が貫いている。いとは世界と触れて、母が愛した津軽三味線と出合い直し、自分の「音」を発見する。初めはぼんやりしているが、次第に輪郭を太くして、カフェでのコンサートではくっきりとたくましい像を結ぶ。その変わりようが爽やかだ。
そしてこれは、いっぷう変わったご当地映画でもある。美しい自然、いとと祖母の話す「クラシック音楽のような」津軽弁、半ば唐突に挿入される青森空襲の証言。青森出身の横浜監督は、郷土の記憶を映画に刻んだ。1時間56分。東京・新宿武蔵野館、大阪・テアトル梅田ほか。(勝)
ここに注目
終盤、リニューアルしたメイドカフェでいとが「津軽あいや節」をライブ演奏するシーンが絶品。内気で人見知り、不器用ないとが、カフェの仲間、家族や友、世間と群れるのではなく、自分と正面から向き合う。内面からあふれ出る言葉と葛藤、感情が津軽三味線のキレのいい音を通じて響いてくる。生きる自信と決意が表情からもにじみ出る。バチと糸が生み出す躍動感と深み。わずか数分の演奏シーンにエッセンスが集約され、素直に心を揺り動かされた。何時間でも語り尽くせる余韻。熱っぽくてすがすがしい至福の時間を堪能した。(鈴)
技あり
柳島克己撮影監督はベテランらしい安定した画(え)で撮った。まず実景がいい。岩木山が中央にそびえる平野を2両編成の気動車が行く五能線の風景や、横浜監督が「絶対撮りたかった」と言うリンゴの木を入れて気動車が走り抜ける情景。また三味線の修理を、角度を付けた力強い光で克明に撮るくだりが秀逸。芝居では、いとと早苗が壊れた三味線を弾きながら、コタツの周りをぐるぐる回るカット。狭い所なのにレンズを無理に使っている感じもなく、巧みに動きを追った。全編を「普通の人々」の映画として成立させるのに力を尽くした。(渡)