阿部サダヲ=前田梨里子撮影

阿部サダヲ=前田梨里子撮影

2022.5.05

インタビュー:阿部サダヲ「死刑にいたる病」 言葉で人を操るサイコキラー

勝田友巳

勝田友巳

「芝居の難しさにチャレンジ、楽しかった」

スクリーンの枠を破壊するようなハイテンション。画面でのイメージと打って変わって、落ち着いた受け答えの阿部サダヲ。「いつもあんなだったら、疲れちゃいますよね」。それはそうだ。5月6日公開の「死刑にいたる病」では、言葉で人を操るサイコキラーを不気味に演じている。大声も出さず目もむかず、動きすらない。「ここまで淡々としてる人、やったことないと思う」と、やはり淡々と。
 



「シネマの週末 特選掘り出し!:死刑にいたる病 残虐な好漢とせめぎ合い」はこちらから。


待望の白石組再参加

「彼女がその名を知らない鳥たち」(2017年)以来の白石和彌監督と組んだ。「またお仕事したい」と思っていたものの、縁がなかった。「『孤狼の血』とか出られるかなと思ったんですけど(笑い)」
 
満を持しての再登板だが、演じる榛村大和は異常性格の連続殺人犯。人当たりの良いパン屋の店長を装いながら、10代の男女を20人以上、拷問、殺害し死刑判決を受けている。幼い頃にパン屋の常連だった大学生、筧井雅也(岡田健史)に手紙を書き、冤罪(えんざい)を晴らしてくれと依頼する。
 
「なかなかできないですからね、こういう役は。役者なら一度はやってみたいし、周りからも合うんじゃないか、と言われもしましたし」。サイコキラー役が似合うとは褒め言葉としては微妙でも、役者冥利には尽きる。「言葉で人を操っていく。表情や動きもないので、芝居の難しさにチャレンジするのは面白かった」


 

岡田健史とアンサンブル演技

榛村と筧井は面会室の窓越しに会話するだけ。榛村は椅子に座ったまま穏やかな口調を変えずに筧井に話しかける。筧井はその言葉に導かれ、迷宮に迷い込む。映画の成否は、榛村の説得力にかかる。岡田とのアンサンブルだ。
 
「ありがたいことに、面会場面は一番最後に、3日くらいで集中して撮影したんです」。場面ごとに、榛村に操られる筧井の心境が変化する。「岡田くんがどういう芝居をするかで、答え合わせをしたことがけっこうありました。榛村との面会の後で何をしたか、状況をどう勘違いしているのか、ぼくは一切見てないんですが、彼のお芝居から分かった。監督とも、細かい打ち合わせはほとんどしていないんですよ。すごくしびれた」
 
俳優としてのキャリアは30年、主役でも脇でも引っ張りだこの人気だが、もともと俳優志望ではなかったという。松尾スズキが主宰する「大人計画」にオーディションで採用されるまで、演技の経験は文化祭ぐらい。観劇体験も3本ほどしかなかったとか。トラック運転手から転身した。


 

テンション高く非日常へ

「お芝居やってみたら、と友だちに言われて。手っ取り早いのは舞台かなと。当時は小劇場が熱いと言われてて、オーディションもいろんな劇団がやっていた」。「大人計画」に入団すると、すぐ舞台に立たされた。「初舞台は、なんか分かんないけど気持ちよかった。知らない人が客席にいて、自分を見て笑ったりしてる。それから1年に3、4本、立て続けで、演技の基礎も全然なかったけど、それがよかったのかもしれないです。舞台を経験できなかったら、早々にやめてたかもしれない」
 
インタビューの受け答えは穏やかな話しぶり。「思ったよりテンション低いですねって言われることは多いかもしれません。でも、普通に日常生活したいタイプなんで」。「大人計画」の舞台では元気のいい役が多かった。「楽しくなっちゃうと上がってくるっていうのかな。非日常にいける感じがうれしいんでしょうね」
 


役者のどこが楽しいですか? 「セリフを覚えて、言ったら忘れていいってところ。ほんとにすぐ忘れちゃう。役に入り込むっていう人もいるけど、自分はないですね。セリフを入れて、違う人格になる作業が好きなのかな」「だから、榛村と似ているかもしれません。彼も普通に暮らしてて、殺人現場は自分の劇場だった。自分が作ったものに人が操られるのが楽しいんでしょう」
 
2022年5月6日全国公開。

ライター
勝田友巳

勝田友巳

かつた・ともみ ひとシネマ編集長、毎日新聞学芸部専門記者。1965年生まれ。90年毎日新聞入社。学芸部で映画を担当し、毎日新聞で「シネマの週末」「映画のミカタ」、週刊エコノミストで「アートな時間」などを執筆。

カメラマン
ひとしねま

前田梨里子

毎日新聞写真部カメラマン