第75回カンヌ国際映画祭開会式にビデオメッセージで登場したゼレンスキー大統領=ロイター

第75回カンヌ国際映画祭開会式にビデオメッセージで登場したゼレンスキー大統領=ロイター

2022.5.22

第75回カンヌ国際映画祭現地報告①:ウクライナ支持と日本映画リメーク

ひとしねま

立田敦子

第75回カンヌ国際映画祭が開幕した。世界中がコロナ禍の大波とウクライナ情勢の影に覆われ、かつてない試練に向き合っている中で、3年ぶりの5月開催にこぎつけた。緊張感のなかにも華やかさを取り戻しつつある映画祭の序盤の様子を、映画ジャーナリスト、立田敦子さんに現地から報告してもらおう。

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3年ぶりの5月開催、強まった政治色 進む脱コロナ

5月17日から南フランスで開催されている第75回カンヌ国際映画祭。2020年は、コロナ禍の影響を受けて延期の末に開催を断念。21年は通常より2カ月延期し7月に開催。5月開催は3年ぶりとなる。
 
去年は、会場に入場する際に48時間以内のコロナ陰性証明の提示やマスク着用の義務付け、また混雑軽減のために、プレススクリーニングのオンライン予約システムを導入するなど、WITHコロナのイベントを滞りなく開催するための模索を感じさせる機会が何度もあった。
 
今年は、フランスでマスク着用義務がなくなったこともあり、マスク着用者もほとんど見かけず、入り口でのPCR検査陰性証明やワクチン証明書の提示もない。パーティーなどのイベントも開催されるようになり、すっかり、以前の華やかさを取り戻したように見える。
 

「キャメラを止めるな!」=カンヌ国際映画祭提供

仏版「カメ止め」で開幕 リラックスしたアザナビシウス監督

そんな中、オープニング作品として上映されたのは、日本映画「カメラを止めるな!」のフランス版リメーク「キャメラを止めるな!」である。「アーティスト」でフランス映画ながら米アカデミー賞を受賞したミシェル・アザナビシウス監督✕フランスのスター俳優ロマン・デュリス主演ということもあり、興行的成功も見込めるフランス映画界の期待作だ。
 
もともと今年1月のサンダンス映画祭で上映されるとアナウンスがあったが、カンヌのオープニングに格上げになった。インディーズ映画製作の裏側を描いた物語でもある〝カメ止め〟は、ある種、フィルムメーカーをたたえる映画祭という場に確かにふさわしいといえるかもしれない。
 
上映前にアザナビシウスに会う機会があり、公式上映に向けての期待を聞くと、「最初の30分が勝負だと思う。その後は楽しんでくれたらうれしい。カンヌで上映されることはいつでも、名誉なことだと思うけれど、この映画はコンペ部門での上映でもないからリラックスしているし、とにかく観客の反応を楽しみにしている」と楽しそうに語っていた。
 

ミシェル・アザナビシウス監督=カンヌ国際映画祭提供

日本映画要素取り入れ楽しい作品に

カンヌのジャーナリストや観客は国際映画祭の中でも厳しいことで知られている。コンペに選出されただけでも栄誉だが、酷評されることもあり、そうなると痛手も大きい。これまでも上映後の批評が悪く落胆している監督を何人も見てきた。オープニングでしかもコンペ外の招待作品での上映は、もしかすると映画祭を最も満喫できるポジションかもしれない。
 
作品は、ストーリーラインはオリジナルを踏襲しながら、〝日本映画のリメーク〟という要素をうまく取り入れた脚本、そして日本人プロデューサーとして出演している竹原芳子の存在感などが効いて、とてもいいリメーク作品になったと思う。
 
今年のカンヌは、ロシアによるウクライナ侵攻を受けて、政治的な傾向が強まっているように感じる。
 


 「マリウポリス2」=カンヌ国際映画祭提供

ゼレンスキー大統領「独裁者」引き合いに「チャプリンが必要だ。沈黙しないで」

オープニングセレモニーで印象的だったのは、ウクライナのゼレンスキー大統領がライブ動画で出演したことだ。ヒトラーを痛烈に批判したチャプリンの「独裁者」やフランシス・フォード・コッポラの「地獄の黙示録」など、映画作品を引き合いに出したスピーチは見事だった。
 
「『独裁者』はチャプリンにとって初の完全トーキー作品だったが、〝沈黙〟することなく、声を上げてほしい。今の時代にもチャプリンが必要だ」とカンヌに来場している映画人たちにウクライナ支援を訴えた。
 
カンヌは、映画祭開催前に、ロシア政府支持者やロシア政府の支援を受けて作られた作品の受け入れを拒否する、とウクライナ支持を表明している。飛行機で3時間ほどのウクライナで起こっていることは、フランスおよびヨーロッパ諸国の人々にとって身近な出来事であることは、カンヌにいると肌で感じる。これまでも中東での紛争に対するアクションを起こしてきたが、今回もウクライナ問題を自分たちの出来事として捉えている。


マンタス・クベダラビチュス監督=カンヌ国際映画祭提供

戦禍に倒れたリトアニア人監督の「マリウポリス2」上映

16年にドキュメンタリー「マリウポリス」を撮ったリトアニア人監督マンタス・クベダラビチュス監督が、その続編を撮影中の4月上旬に、ウクライナ南東部マリウポリでロシア軍に殺害された。残された映像を元に、彼の婚約者が完成させた「マリウポリス2」が19日にカンヌでプレミア上映された。
 
ちなみに、ロシア人監督キリル・セレブレンニコフのチャイコフスキーの妻をテーマにした新作はコンペティション部門で上映されたが、彼は、反ロシア政府の態度をとっていることで有名だ。前2作「LETO レト」(18年)と「インフル病みのペトロフ家」(21年、日本で公開中)がカンヌで上映された際は、ロシア政府から渡航が禁じられ、来場できなかった。今回は、ロシアのウクライナ侵攻をきっかけに出国し、現在はドイツに滞在、今後もドイツを拠点に映画製作を続ける意向を表明している。

ライター
ひとしねま

立田敦子

たつた・あつこ 映画ジャーナリスト、評論家。批評の執筆やインタビュー、トークイベント出演の一方、カンヌ、ベネチアなど国際映画祭の取材活動もフィールドワークとしている。エンターテインメントのエキスパートとして、イベント企画、TVや企業のアドバイザーとしても活動する。著書に「どっちのスター・ウォーズ」「おしゃれも人生も映画から」(共に中央公論新社)他。エンターテインメントメディア「Fan's Voice」主宰。

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