「異動辞令は音楽隊!」主演の阿部寛=藤田明弓撮影

「異動辞令は音楽隊!」主演の阿部寛=藤田明弓撮影

2022.8.22

インタビュー:阿部寛 50代でも「無理難題がうれしい」 猛特訓でドラムも習得「異動辞令は音楽隊!」

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勝田友巳

勝田友巳

30年を超す俳優人生、刑事役だけ数えても五指に余る。同じ刑事でもシリアスからコメディーまで振り幅が広いが、その中でも今回は特別。なにしろ昭和気質の一匹おおかみ刑事から、警察音楽隊の要となってリズムを刻むドラマーへ。話が来た時は「なんでオレが?」。演じた成瀬と同じ戸惑いで始まった。
 


 

「なんでオレが?」役の刑事と思い共通

1人暮らしの高齢者が被害者となった強盗殺人事件を捜査している成瀬は、捜査方針無視の独断専行、人権無視の強引捜査で上層部から白眼視されている。ある日突然、警察音楽隊への転属を命じられる。パワハラ告発があったのだ。小学生の頃に和太鼓をたたいていたという理由で、担当はドラム。腰掛けのつもりでハナからやる気もなく、音楽隊でも浮いている。
 
「成瀬は、小さい頃にテレビの刑事ドラマで見ていたようなタイプ。このコンプライアンスの時代に、それが合わないっていう役だったんで、なんの違和感もなく受け入れた」。一方で、仕事一筋のあまり妻子と別れ、一軒家で一人、老いた母親を介護する。「刑事の仕事って、大変だと思いますよね。犯罪を追って日常的に死体も見てるわけじゃないですか。私生活はどうなってんだと思ってた。家庭持ってる人もいるだろうし、どうやって切り替えてんだと。リアルだろうなと思いながら演じられた」
 
成瀬には和太鼓の基礎があったが、自身はドラムはおろか楽器の経験も皆無。「やったことなくて、話を聞いて『なんでオレにこの映画? オレにドラム?』と思いました。想像つかなかったですね」
 

ゼロからドラム練習 吹き替えなし

内田英治監督からの注文は「吹き替えなしで」。初めて実際にたたいてみて「うわー、まいったな」が最初の印象だった。以後約3カ月、猛特訓の日々だった。「ほんとに一から、ほかの仕事をしながらだったんで、大変でした」
 
まずは練習用のゴムパッドで感覚をつかみ、電子ドラムを購入して音を出さずにたたくこと1カ月半。「タイミングとか徐々につかんでいくんですけど、けっこう長かったですね」。練習を重ねてからスタジオを借り、本物で練習。「たたけた時は気持ちよかったです。その後はやってないですけど、ずっと欲しいなと思ってます」。映画では見事なスティックさばきを見せている。
 
警察音楽隊への異動を「なんでオレが」と受け止めるのは成瀬だけではないらしい。撮影前に音楽隊員に話を聞いたという。
 
「実際に、刑事から音楽隊に入った人がいて、やっぱり『なんでオレが』と思ったらしいですよ。最初はほんとにイヤでしょうがなかったと。それが、楽しくなってきたんだって」。その隊員に理由を聞くと「人の笑顔が受けられる仕事って、ほかにないんです」。
 
「ああなるほど、確かにそうだな、まさに映画そのままだなと納得しました。その人が言ってたのは、警察の人でこれ見て泣かない人いませんよって。特に全国の警察音楽隊はみんな泣きますよと。それはうれしかったですね。入隊した時はそういうことを思っても、だんだん楽しくなっていく。そういう経験してるってことでしょ」
 

現場では最年長組に

清野菜名のトランペット、高杉真宙のサックスなど、若い俳優とのセッションを楽しんだ。刑事時代の相棒役は磯村勇斗。いずれも親子ほどの年の差。倍賞美津子、光石研ら大ベテランもいるものの、スタッフ含め最年長の一人。そんな現場も多くなった。
 
「今の役者さんたちは情報がすごく豊富だから、いろんなものが分かってるし、見てる。自立して考えていて、びっくりしますね。いち共演者として、信頼してますよ」。ただ時に「どういう感じではいっていこうかな」と思うこともあるとか。「今回は主演だったから、向こうが合わせてくれたのかも」
 
昨年はマレーシアとの合作「夕霧花園」、佐藤健と刑事役で共演した「護られなかった者たちへ」、蔦屋重三郎を演じた「HOKUSAI」、今年も春に、昭和のオヤジを演じた「とんび」が公開されたばかり。ドラマでも1月クールの地上波で「DCU 手錠を持ったダイバー」、配信の「すべて忘れてしまうから」、BSで「続 遙かなる山の呼び声」が控え、来年は大河ドラマ「どうする家康」も待っている。


 

「懐深く、間口広く」で人生豊かに

「忙しかったですよ。ここ2、3年は、コロナ禍で詰まったせいもあると思いますけど。いろんなことに挑戦できるのは、期待してくれてるということだからうれしいですね。応えていきたいです」
 
「新しい役を」と思い続けるものの、「三十何年もやってると、やったことのある役が多くなっちゃう」。これをやりたいと声を上げるより、依頼に応じることが多い。「やりたいものと言ってると、たぶん得意なものに偏っちゃう。突拍子もないものが向こうから来ることが多かったんで、いろいろチャレンジできました」
 
まだまだ挑戦は続く。「50後半になると、やれることがどこまであるか分かんない。でも、あれはやりたくない、と言ってるのはつまんないから、懐は深く、間口は広く。今まで以上に。そうしたら、残りの人生も豊かになるんじゃないかな。無理難題を言ってくれた方が、がんばんなきゃいけないと思えます」
 
8月26日、全国公開。

ライター
勝田友巳

勝田友巳

かつた・ともみ ひとシネマ編集長、毎日新聞学芸部専門記者。1965年生まれ。90年毎日新聞入社。学芸部で映画を担当し、毎日新聞で「シネマの週末」「映画のミカタ」、週刊エコノミストで「アートな時間」などを執筆。

カメラマン
藤田明弓

藤田明弓

ふじた・あゆみ 1987年生まれ、フリーカメラマン。オリンパスペン・ハーフを使い、ライブやサブカルチャーを撮影。人物撮影を主に雑誌やテレビのスチールカメラマンとして活動中。