毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。
2021.9.30
この1本:「護られなかった者たちへ」 災禍の不条理と救い
インディペンデントのピンク映画からメジャーの恋愛モノまで幅広く手がけてきた瀬々敬久監督、「64 ロクヨン」「友罪」など社会派ミステリーの系譜にも連なっている。中山七里の小説を原作にした猟奇連続殺人事件の物語だが、東日本大震災を起点として今に続く悲劇を描き出そうとする。
震災から10年目、宮城県で福祉関係職員が餓死させられる事件が発生する。身動きを取れなくして監禁、放置されたのだ。刑事笘篠(阿部寛)は、事件直前に刑務所から出た利根(佐藤健)を追う。施設で育った利根は、震災の避難所で出会った少女カンちゃん(石井心咲)、一人暮らしのけい(倍賞美津子)と家族同然の暮らしをしていたが、けいが生活保護を受けられなかったことに怒って事務所に放火していた。笘篠は怨恨(えんこん)の線で捜査を始め、被害者の部下幹子(清原果耶)から生活保護行政の話を聞き、現場に同行する。
映画の柱の一つは、災厄がもたらす孤独と格差、それを乗り越えようとする人間愛。身寄りのない3人が肩を寄せ合って再生しようとし、震災で子どもを亡くした笘篠も、利根の過去を知るうちに自分の傷と向き合っていく。
一方で、生活保護行政の影にも目を向ける。行政側の非情で官僚的な対応を描きつつ、財政難の事情や不正受給者の存在も示してゆく。悪意や怠慢に単純化するのではなく、むしろ制度を守ろうとして誰も幸せにならない不条理を浮かび上がらせる。
ミステリーの肝となるはずの動機や犯人捜しだが、こちらの意外性やドンデン返しのカタルシスは、残念ながらもう一つ。それでも瀬々監督は、今も残る震災の傷痕と、震災が明らかにした弱者救済制度の不備を娯楽作に盛り込んだ。時を経て、震災がドラマに昇華されるようになったことがうかがえる骨太の一作だ。2時間14分。東京・TOHOシネマズ日比谷、大阪ステーションシティシネマほか。(勝)
ここに注目
震災によってすべてを奪われた人たちが、どのような状況で生きていかなければならなかったのか。貧困や孤独といった重いテーマが横たわる一方、人とのつながりが救いになるという希望も持たせてくれる作品。いい人だと思われていた被害者に別の顔があったように、正義や善は決して一面的ではないこと、そして誰もが孤独や貧困に直面する可能性をはらんでいることに気付かされる。利根が泥水に顔を突っ込みながら声を限りに叫ぶシーンや、初めて人の優しさに触れて心を動かす場面など、佐藤の熱演が物語に深みを与えている。(倉)
技あり
東北出身の鍋島淳裕撮影監督が頑張り、導入場面から巧みだ。色を殺した避難所で家族を捜す笘篠。夜、持ち寄った小さい光に、人々の輪郭が浮かぶ。カンちゃんと近くに座る利根、毛布をかぶったけいが、気を配って寒さをしのぐ。満天の星の下、笘篠が妻からの連絡を待つ。状況説明に続いて表題が出て、9年後に飛ぶ。利根は相変わらず色を殺した「差別と分断」の中で生きている。瀬々監督も「ほっとする」と言うのは、利根が乗ったフェリーから見える平和な光景。大変な時も一息つける瞬間があり、それを撮る大切さを教わる。(渡)