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2022.8.10
インタビュー:愛憎うずまく万華鏡にようこそ「ストーリー・オブ・マイ・ワイフ」 イルディコー・エニェディ監督
「ストーリー・オブ・マイ・ワイフ」は、「心と体と」で第67回ベルリン国際映画祭金熊賞(最高賞)を受賞した、ハンガリーのイルディコー・エニェディ監督の新作ラブストーリーだ。しかしイルディコーの脚本・演出で、凡庸な恋愛映画になるはずはない。深遠な愛にどっぷりとつかる169分。イルディコー監督に作品への思いや意図をオンラインで聞いた。
謎に包まれた妻を見る夫の視線
ハンガリーの作家ミラン・フストの小説が原作。1920年のマルタ共和国。船長のヤコブ(ハイス・ナバー)はカフェで友人と、店に最初に入ってきた女性と結婚するという賭けをする。現れたのはリジー(レア・セドゥ)という美しい女性。ヤコブは初対面のリジーに結婚を申し込む。週末に2人だけの結婚式を行い、幸せな時間を過ごすが、リジーの友人デダン(ルイ・ガレル)が現れて、ヤコブは疑念と嫉妬にとらわれる。
映画はヤコブの視点で語られていく。リジーの言動は謎に包まれている。「リジーのことを理解しようとするヤコブの旅に、観客も参加してほしいと考えた。リジーの視点はあえて一切入れなかった。そうすると、語り手が全知の存在、神の視点になってしまう。誰が正しくて、誰が正しくないかという映画ではない」
妻を理解しようとする40代の夫の話であり、妻を通して夫は人生の深みへと足を踏み入れていく。「舞台は20年代だが、ヤコブの心の中に入り込みたいと思った。多面的、多層的な映画にしたつもりで、人間の複雑さを掘り下げたかった。だから、時にヤコブが混乱を経験する作品にしたかったともいえる」
©INFORG-M&M FILM
感情の検閲をせずに全てを詰め込んだ
「私たちは自分の人生について語る時、どういう物語か選んで話しがちだ。自分の人生をどう解釈しているかにつながるが、本当のことを少しごまかし、あるいはジャンルを決めて伝えるように思う。この映画ではそれを全くしたくなかった。生きる上ではいろんな感情や危険、引力がある。検閲をせずに、矛盾するそれらの全てを1本に詰め込んで描きたいと思った」
その姿勢は、音楽にも反映された。最初はバッハのピアノコンチェルト。「ある意味、聖なる世界、宇宙の構造を見せ、感じさせる。人間なんて小さな粒だ、人間とはどういうものかを表現した」
その後に、イタリアのベルカントの曲。「曲調も物語と同様エモーショナルで、欲望や疑念、恐怖心や情熱だったりする」。もう一曲は2人が2回目にセックスする場面の、ブルックナーの曲。「ワイドショットで長めに撮り、人間の官能、野性的な側面を表現した。三つの楽曲を多層的に使うことで、人間の経験を多様な形で見せたつもり」
©2021 Inforg-M&M Film – Komplizen Film – Palosanto Films – Pyramide Productions - RAI Cinema - ARTE France Cinéma – WDRArte
自分をさらけ出してこそ最良の部分を享受できる
ヤコブとリジーの愛情が呼び起こす感情を赤裸々にさらけ出し、映画はしだいに「愛の万華鏡」の領域に入っていく。
「愛は、最も強烈で極端なコミュニケーションと言っていいだろう。多くの場合、人は自分を守りたいという思いが強くなるが、自分のもろさを完全にさらけ出さなければ、愛の一番いいところは享受できない。多層的な愛の万華鏡を見せることを意図した作品だ」
ヤコブの不安もリジーの神秘性も全てひっくるめた上で、愛情はコミュニケーションの究極で、弊害や偏見も打ち出して考えてほしかったということか。
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いくつになっても人は変われる
「ほろ苦い真実を描くのではなく、やさしい、親切な映画にしたかった。愛についての会話、対話を始めたいと考えた。人はいくつになっても、変化したり、気持ちをオープンにしたり、考え方を見直したりできる。自分の人生についてポジティブに改められる」
そう考えると、イルディコー監督の言葉は、映画のあちらこちらに宿っている。終盤に分かる、ある悲しい事実も前向きに捉えようとする。「ヤコブは最後の〝レッスン〟を受け、それが気づきになる。自身や世界に対してより寛大になれる。世界と調和して生きることが可能になる。それはつまり、人生をより楽しめる生き方ということだ」