「エンパイア・オブ・ライト」 ©2022 20th Century Studios. All Rights Reserved.

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2023.2.24

特選掘り出し!:「エンパイア・オブ・ライト」 鬱屈した日常に差す光

毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。

近年は「007」シリーズなどの大作に携わってきたサム・メンデス監督が、コロナ禍のさなかに構想したヒューマンドラマ。彼自身が青春期を過ごした1980年代初頭を背景に、海辺の映画館で働く男女の人間模様をつづる。

エンパイア劇場で働くヒラリー(オリビア・コールマン)は、身勝手な支配人エリス(コリン・ファース)との関係に嫌気が差している。ある日、夢を追うことを諦めた黒人青年スティーブン(マイケル・ウォード)が仲間に加わり、彼女の鬱屈した日常が動き出す。

社会の分断や不寛容といった現代に通じるテーマも盛り込まれているが、目を奪うのはエンパイア劇場という巨大な舞台装置だ。アールデコ調の内装が厳かな歴史を感じさせる一方、静かに朽ちかけているこの映画館には、廃虚のような立ち入り禁止の場所がある。そのひそやかな空間で主人公らが心を通わす描写が素晴らしい。

誰もがつらい現実に苦しみ、心のよりどころを求めている。スクリーンに〝光〟を照射する映画館そのものが、現実逃避や夢、希望の隠喩のよう。ほろ苦くメランコリックで、不思議な魅力をたたえた作品である。1時間55分。東京・TOHOシネマズ日比谷、大阪・TOHOシネマズ梅田ほか。(諭)