「ザ・グローリー 輝かしき復讐」Graphyoda/Netflix © 2022

「ザ・グローリー 輝かしき復讐」Graphyoda/Netflix © 2022

2023.5.20

持たざる者のうめき映す「ザ・グローリー」 元ソウル特派員が見た格差社会の非情な現実

誰になんと言われようと、好きなものは好き。作品、俳優、監督、スタッフ……。ファン、オタクを自認する執筆陣が、映画にまつわる「わたしの推し」と「ワタシのこと」を、熱量高くつづります。

渋江千春 

渋江千春 

5年間のソウル特派員生活の最終盤で、久しぶりにどっぷりとある韓国ドラマにはまってしまった。Netflixで2022年12月からシーズン1、23年3月にシーズン2が配信された「ザ・グローリー 輝かしき復讐(ふくしゅう)」だ。
 
高校時代に壮絶ないじめを受けたムン・ドンウンが、加害者グループ5人に18年越しの復讐を図る様子を描く。いじめをテーマに設定するのも、ヒロインが復讐を果たす過程を描くのも、韓国ドラマではよくあることだ。それにもかかわらず、なぜこの作品が大ヒットし多くの人の共感を得たのだろうか。 


残酷場面に尻込みしたが

ムン・ドンウンを演じたのは、ラブロマンスの女王、ソン・へギョ。脚本を手がけたのは、これまた「シークレット・ガーデン」(10年)、「トッケビ~君がくれた愛しい日々」(16年)など数々の恋愛ドラマでヒットを飛ばしてきたキム・ウンスク。ビッグネームの2人が「太陽の末裔(まつえい)」(16年)以来6年ぶりに、そろって畑違いの復讐ドラマに挑戦した。「今回も果たして成功するのか」と興味半分で見始めた韓国人が多かったはずだ。しかし配信が始まると、何人もの友人から「ぜひ見るべきだ」とおすすめされた。
 
それでも、私は見るのをためらった。いじめの凄惨(せいさん)なシーンを直視する勇気がなかったからだ。しかし、同年代の友人から「私もいじめのシーンは飛ばしたけれど、十分に楽しめる」と言われて、ようやく重い腰を上げた。全編を見終わり、このドラマは、いじめにとどまらず、急速な経済発展で生じた韓国の格差社会自体に対して一石を投じた作品だと感じている。
 

止まらぬいじめ 年6万3000件

もちろん、韓国で「学校暴力」と呼ばれるいじめに対する関心は高い。政府が1995年、いじめられた高校生が投身自殺をした事件をきっかけに対策に本腰を入れてから30年近くたつが、いまだに撲滅には至っていない。聯合ニュースによると、教育省がとりまとめたいじめ発生件数は22年で約6万3000件に達している。
 
特に表舞台に出て活躍する芸能人やスポーツ選手にいじめの経験があることが発覚するたびに、道徳性が欠けているとして強い批判が浴びせられてきた。22年にデビューしたKPOPガールズグループのメンバー1人にも、いじめをしていた疑惑が浮上。本人や事務所は否定したもののネットを中心に批判はおさまらず、結局はグループからの脱退に追い込まれた。
 

誇張でないヘアアイロン押しつけ

「ザ・グローリー」では、いじめの加害者グループが「温度チェック」と称し、ヘアアイロンをムン・ドンウンの腕などにあてる。凄惨な場面は、決して誇張ではない。06年にさかのぼるが、中部忠清北道清州(チュンチョンプクド・チョンジュ)市の中学3年生の女子がヘアアイロンを全身にあてられいじめられた事件があり、ドラマの配信をきっかけに、再びニュースでも取り上げられた。
 
一方で、息子が中学時代にいじめに遭ったことがある50代男性は「うちの息子はそこまでではなかった。いじめといっても、本当にひどいケースから、無視されたというレベルのものまで、さまざまだと思う」と語る。


 

膝を打つセリフが目白押し

私はむしろ、いじめの凄惨さよりも、韓国の格差社会の現実を的確に言い当てる登場人物のセリフに感情移入した。思わず「その通り」と膝を打ってしまうセリフが目白押しなのだ。
 
最も印象的だったのは、いじめの首謀者、パク・ヨンジンが警察への自首を求めるムン・ドンウンに対して、開き直りながら言い放った言葉だ。「あんたの人生、すでに生まれた時から地獄だったじゃない」
 

貧困の再生産

韓国で少子化問題を取材した時のことを思い出した。激しい競争社会にもまれてきた若者は「次の世代を幸せにできるのか、自信がない」と嘆いていた。彼らが心配していたのは、貧困、貧富の差の再生産だ。
 
「ザ・グローリー」でも、裕福な家庭で育ったパク・ヨンジンは、親の財力でいじめをもみ消し、テレビ局の気象キャスターとして活躍。私生活でも、建設会社の社長と結婚し、娘と家族3人で幸せな家庭を築いていた。一方、ムン・ドンウンの母親はパク・ヨンジンの母親から大金を受け取って示談に応じた上、ムン・ドンウンを捨てて行方をくらましてしまう。
 
ドラマでは一貫して、ムン・ドンウンの「最初の加害者」は母親だと描かれる。脚本を書いたキム・ウンスクは「生まれて出会う最初の世界で、最初の大人、最初の保護者が母親なのに、『最初の加害者』となる母親がいることを描きたかった」とコメントしている。
 

〝泥のスプーン〟では一生はい上がれない

韓国では15年ごろから「スプーン階級論」が流行した。日本で言う「親ガチャ」に近い概念で、どんな親のもとに生まれてくるかで人生が決まってしまうことを表す言葉だ。裕福な家庭に生まれることを意味する「銀のスプーンをくわえて生まれる」という西洋の慣用句が由来とされ、パク・ヨンジンのように裕福な家庭の場合は「金のスプーン」、逆にろくでなしの母親の元で貧しく育った主人公、ムン・ドンウンは「泥のスプーン」ということになる。
 

「成功する要因は親の財力」

大企業と中小企業の給料の差が激しい韓国では、多くの学生が大企業への就職を目指す。有名大学に入学することが第1関門だが、塾や家庭教師などの私教育が盛んな韓国では、お金を際限なくかけられる裕福な家庭の子どもが当然有利になる。22年に行われたアンケート調査でも、韓国の20代のうち5割は、人生で成功するための要因として「両親の財力」を上げた。
 
だから、韓国では特権階級の両親が自らの立場を利用して子供のいじめをもみ消したり、入試で不正を働いたりした場合、激しい批判にさらされる。実際に「ザ・グローリー」のシーズン1が公開された後、警察幹部に任命された弁護士が、息子がいじめで受けた処分を取り消すために訴訟を起こしていたことが発覚した。
 
被害者は自殺未遂を図るまで追い込まれたのに対し、いじめ後に転校した弁護士の息子はソウル大に進学していたことに批判が集中し、弁護士はたった1日で任命辞退に追い込まれた。政府は4月に入り、いじめ記録の保存期間を延長し、大学の入試にも必ず反映させるようにする対策強化策を発表した。
 

果たせない復讐、ドンウンに託す

現実の韓国社会では、ムン・ドンウンのように、18年という長い年月をかけて最底辺からはい上がり、特権階級にいる加害者グループのメンバーにやり返すのはほぼ不可能だ。だからこそ、韓国の人々は自らが果たせない復讐をムン・ドンウンに託し、応援したのではないかと思う。
 
韓国社会の現実を的確に切り取ったセリフが「ザ・グローリー」にはちりばめられている。セリフを見事に消化した俳優陣の演技も光る。私に視聴を勧めてくれた友人は「登場人物それぞれに『ああ、こういう人が身近にいるな』という現実味がある」と評していた。いじめを題材にした単純な復讐劇ではない。フィクションながらも、絶妙な現実感がある、韓国社会の現在地を知ることができるドラマだ。
 
 

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ライター
渋江千春 

渋江千春 

しぶえ・ちはる 毎日新聞外信部記者。1981年生まれ。2003年毎日新聞入社。大阪本社社会部、外信部を経て、18年~23年4月ソウル特派員。共著に「介護殺人 追いつめられた家族の告白」(新潮社)、「世界少子化考 子供が増えれば幸せなのか」(毎日新聞出版)。

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