「メロスたち」の一場面。「走れ!走れ走れメロス」では終盤、パンツ1枚で4人は舞台上で熱演する

「メロスたち」の一場面。「走れ!走れ走れメロス」では終盤、パンツ1枚で4人は舞台上で熱演する

2025.3.08

演劇版「SLAM DUNK」? 「走れ!走れ走れメロス」が描く問題児高校生の劇的青春と師弟愛

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筆者:

佐々本浩材

佐々本浩材

ドキュメンタリー「走れ!走れ走れメロス」と続編の「メロスたち」(ともに折口慎一郎監督)は、高校演劇界で「むちゃくちゃ面白かったらしい」と語り継がれる幻の舞台を追った作品だ。2023年3月の初公開以来評判がジワジワと広がり、全国各地のミニシアターなどで上映が続く。今春も3月13日まで、東京・下北沢トリウッドでリバイバル上映中だ。島根県の分校の男子4人だけの演劇同好会とその顧問の奮闘を描いた映画が、なぜ?


演劇と出合ってしまった4人の物語

「走れ!走れ走れメロス」は、高校生が演じた舞台劇のタイトルでもある。映画に登場するのは、島根県立三刀屋(みとや)高校掛合(かけや)分校2年生、曽田昇吾、常松博樹、石飛圭祐、佐藤隆聖の男子4人。分校は同県雲南市掛合町にある全校生徒約70人(当時)の小さな高校で、中学時代の成績で振り分けられ、しぶしぶ他地域から進学してきたような生徒も少なくない。初の緊急事態宣言が発出されていた20年春に入学した4人も、「対人関係」「勉強」「将来」など、それぞれ悩みを抱えていた。そんな彼らの1年と2年の担任を務めた亀尾佳宏教諭が彼らを演劇の世界に誘う。

4人は、太宰治の小説「走れメロス」を亀尾教諭が脚色した朗読劇「走れ!走れ走れメロス」で、県高校演劇発表大会の地区大会に出場。ここでは敗退するものの、亀尾教諭が若手演出家コンクールの2次審査を通過。東京・下北沢の劇場で開かれる最終審査会で、再び上演されることになる。亀尾教諭は見事、最優秀賞に輝き、〝奇跡〟のようなフィナーレになだれ込む。


パンツ1枚 体を張って疾走

曽田、常松、石飛が舞台に立ち、佐藤は照明など裏方として支える。ト書きの朗読による進行役と暴君ディオニス役の曽田が、メロス役の常松や、セリヌンティウス役の石飛にムチャぶりをする様子が時に観客の笑いを誘う。3人は詰め襟の制服姿で舞台に登場するが、途中で制服を脱ぎ捨て、小説の登場人物たちのように最後はパンツ1枚。台本通り劇を演じた上で、後半は素の高校生に戻り、演技後の雑談をアドリブで展開し、学園歌(校歌)を斉唱する。映画では、粗削りながら、高校生が体を張って舞台の上を懸命に疾走する姿が映し出されている。

続編「メロスたち」は3年生になった4人の物語。卒業後の進路を考え、メンバーが演劇から離れていく中、舞台の興奮を忘れられない曽田だけは亀尾教諭に相談し、一人芝居「走れ!山月記」を準備する。演劇を続けたい、仲間と一緒に舞台に立ちたいと渇望する自身の姿を、中島敦の小説「山月記」の主人公、李徴に重ね合わせ表現した芝居は、県高校演劇発表大会を通過し、中国地区高校演劇発表会へ。果たしてさらに上の全国大会には進めるのか。曽田の思いに触発され、バラバラになっていた4人が再び同じ舞台に集まる。

折口監督は元新聞記者で、大学在学中に取り組んでいた映画製作をコロナ禍に再開。映画「走れ!走れ走れメロス」が本格的なデビュー作だ。無名の高校生たちを追った地味なドキュメンタリーだが、下北沢映画祭などで賞を獲得し、次第に話題になっていった。

準備期間は2週間、練習は夕方まで

ここからは映画の舞台裏の話である。亀尾教諭は高校演劇界ではよく知られた指導者で、関わった県内の演劇部は大会で好成績を残している。当時、本校である三刀屋高校の演劇部の顧問も務めていた。一方、生徒数が極端に少ない掛合分校には、ほとんど部活動はないに等しい。亀尾教諭は当時の校長の依頼で、毎夏、希望者を募って、即席の「演劇同好会」として大会に出場していた。「走れ!走れ走れメロス」の年は地区大会までの準備期間が約2週間。しかも、街へ戻るバスが発車する午後5時半までのわずかな時間で、舞台を完成させなければならなかった。

発声練習から始めていては間に合わない。演劇に関心を持ってくれる人を増やしたい。そう願う亀尾教諭は「できる限り台本を覚えずに舞台に立つには」と考え、文学作品の朗読劇スタイルを採用する。4人がそれぞれできること、コロナ禍前には普通にやっていたことを聞き取り、舞台の中で生かしていった。

役とキャラクターがマッチ

曽田は中学時代まで続けていた柔道で鍛えたであろう、がっちりした体格で「ドラえもん」のジャイアンふう。鬱屈した思いを同級生や教師にぶつけることが多く、1年の時には暴力をふるって停学処分を受けた。しかし授業中に朗々と教科書の文学作品を読む姿を知っていた亀尾教諭は、ト書きを朗読する進行の役割と、暴君ディオニスを当てた。正義感が強く、真っすぐな性格の常松はメロス。体を鍛え、アクション映画も大好きだったため、メロスの動きはブルース・リーを参考に組み立て、芝居に勢いを与えた。

石飛はセリヌンティウスなど、その他全て。ひょうひょうとした人柄だがメンバーのことをよく見ていて、さりげなく気遣いができる「いいやつ」だ。決して、滑舌がいいわけでも、セリフ回しがうまいわけでもない。それでも、なんとも言えない、いい味わいを作品に添えている。芝居の役柄と3人の素のキャラクターがマッチして、演技に不自然さがあまり感じられないのだ。舞台上で裸になるのは、クーラーがない部屋で夏に練習していて、あまりの暑さに自然とそういう演出になったのだそうだ。即席の舞台とはいえ、亀尾教諭の演出マジックが十二分に発揮されている。

もやもやを舞台で発散

担任だった亀尾教諭に言わせると、彼らは「最も頭を悩ませていた4人」。実際に練習を始めると、台本にフリガナがあっても読めない。一つ一つ言葉の意味も分からない。亀尾教諭も当初は、果たして上演にこぎ着けられるのかという不安が頭をよぎったという。それがどんどん変わっていった。

どうしたらいいか分からず、もやもやしていた問題児たちは演劇という場を与えられ、コロナ禍には禁じられていた「やりたかったこと」を思う存分、多くの人の前で披露する。劇中で効果的に使われているボイスパーカッションは、小学生の頃から曽田の得意芸の一つ。コロナ禍では感染予防の観点から教室で披露することは禁じられていた。学園歌の斉唱もできず、卒業式で初めて歌うことになった同級生たちは歌詞を知らなかったと4人は笑う。そんな舞台は評判を呼び、4人は「世界に受け入れられた」と感じることができたのかもしれない。問題児が自信を付けて羽ばたき始める姿は、「SLAM DUNK」のようだ。

物語は終わらない

亀尾教諭は、4人が3年に進級した22年春に松江市内の高校に異動。4人は23年3月に卒業した。演劇に夢中になった曽田は、桃井かおりや内野聖陽ら、多くの俳優を輩出した劇団「文学座」の付属演劇研究所の入所試験に見事合格。1年間、研究生として芝居を学んだ後、今は所属事務所を探しながら東京で俳優修業中だ。人のために尽くしたいと考えた常松は陸上自衛隊へと進み、その任務のかたわら、亀尾教諭が毎年続けている市民演劇にも出演した。石飛、佐藤は、それぞれの夢へと羽ばたくため、さらに学びを深めているところだ。

メロスはさまざまな困難に直面しながらも最後まで走り切る。このドキュメンタリー映画も「もう上映されないかもしれない」という状況をくぐり抜け、さまざまな会場で上映される機会を得てきた。折口監督は、映画や高校生4人の歩みと、「走れメロス」の話が重なるような気がするという。「高校生たちの物語はまだ終わっていない。むしろ、ここから始まっていくことを今回の上映でも示せるのではないか」

折口監督や亀尾教諭のほか曽田ら出演者は、タイミングが合えば上映会場に現れ、当時の裏話や近況を語る。下北沢トリウッドのリバイバル上映の初日には、俳優の八嶋智人が駆けつけ、曽田と作品について語り合った。曽田は八嶋が所属する劇団カムカムミニキーナの公演にも出演したばかり。高校生4人それぞれの物語は今も続いている。その未来の予感が観客をさらにワクワクさせるのかもしれない。

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  • 「メロスたち」の一場面。「走れ!走れ走れメロス」では終盤、パンツ1枚で4人は舞台上で熱演する
  • 舞台「走れ!走れ走れメロス」などを上演後、観客に囲まれる演劇同好会の曽田昇吾ら
  • 「走れ!走れ走れメロス」上映後に舞台あいさつに立ち、観客からカメラを向けられる演劇同好会の4人。右端が折口慎一郎監督
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