「窓辺にて」の今泉力哉監督=鈴木隆撮影

「窓辺にて」の今泉力哉監督=鈴木隆撮影

2022.11.11

インタビュー:稲垣吾郎主演だから作れた、低温の恋愛映画  「窓辺にて」今泉力哉監督

鈴木隆

鈴木隆

「窓辺にて」は、今泉力哉監督がオリジナル脚本を、主演の稲垣吾郎に「あて書き」した恋愛映画。妻の不倫を知っても何も感じないことにショックを受けた夫と、その周囲の人たちの恋愛模様を描く。第35回東京国際映画祭で観客賞を受賞した。「愛がなんだ」「街の上で」など恋愛映画に挑み続ける今泉監督、「稲垣さんなら分かってくれる」と微妙な感情を託した。
 


「好き」は成就すると温度が下がる

発端は、妻が浮気をしても気持ちが動かない男の物語を考えたことだった。今泉監督が30歳を過ぎた頃で、10年少し前。実際に妻の浮気があったわけではないという。「片思いとか恋愛が成就していないときは純粋に好きでいられるのに、両思いで付き合ったり、結婚すると(恋愛の)温度が下がるのはどうしてか」という疑問が背景にあった。
 
「恋愛ものってどうしても温度が高かったり、相手を好きというのを疑わないところから作られている作品が多いが、好きという感情を疑ったり、温度が低い恋愛ものを撮りたいとずっと思っていた」
 
40代になってからのほうが分かるかなと、アイデアを持ち続けていた。「40代や50代の夫婦の話として作りたいと思っていたら、今回、稲垣さんと映画を作りませんか、という話をいただいた。稲垣さんなら感情が穏やかで激しくない人を理解してくれる、と思って脚本をあて書きした」。今泉監督が抱えていたテーマとタイミング、主演者が合致して製作がスタートした。
 

(C)2022「窓辺にて」製作委員会

葛藤の山はなるべく小さく

「付き合い始めた後、現実には現状維持とか倦怠(けんたい)期とかがあるが、映画では山場にしづらいし、主題にもなりにくい。大きな問題を解決したり、主人公が成長したりはしないけど、誰かが悩んでいることで映画を作りたい」。今泉監督は一作ごとに「こうした意識が強くなっていった」と語る。
 
確かに恋愛映画には、大きな障害や物語性がつきものだし、ドラマチックで分かりやすい。「それは他の人でも作れるし、上手にできる人もいる。自分が興味があるのは、わかりやすい感情の動きよりも、自分のなかにある小さな悩み。物語や葛藤の山をなるべく小さくしたい」
 
映画やドラマを見た後の「共感した」というキーワードにも疑問を感じるという。「『共感』という言葉がよく出てくるが、危なっかしい。『これは私だけの感情だ』とか『これは自分の悩みだ』といったことの方が、深く届くと思っている。それでマス(大衆)を捨てることにはならないし、みんなが知っていることを描くとだんだん薄くなってしまい、既存の物語になってしまう。恋愛映画を作りながら気づいた」
 

「間」がもたらす「笑い」大切に

オリジナル脚本だけに、セリフの言葉や間を大事にする今泉監督らしさが充満している作品だ。「オリジナルは型もないので毎回苦労して脚本を書いているが、要領よくとか、楽しんで作る感覚はない。自分で悩んでいる時間も大切」と話す。
 
恋愛を通して人と人との関係性を描くスタイルは一貫している。「自主映画の頃から人間関係で興味があるのは恋愛だったかもしれない。実際に人生で悩んだり感情が動いたりしたのは恋愛が多かった。今は創作の悩みはあるが、恋愛は興味の対象として大きい。結婚して子どももいるがそれは変わらない。僕の映画の登場人物は、恋愛していてもみんな浮かれてなくて困っていたりする。〝人間関係の映画〟と言われるとうれしいです」
 
今泉映画を形作る要素はいくつもあるが、笑いもその一つ。本作でも、クスッと笑ってしまうユーモラスなシーンがちりばめられている。「笑いは意識して必ず入れている」。今泉映画のスパイスだ。「人が一生懸命何かに向き合っているのに空回りしていたり、言っちゃいけないことを言ったり、笑いは必要。ただ、現場では役者に『面白いシーンだと思って演じないでください』と言っている。そう思って演じると芝居が浮ついて過剰になったりする。真剣にやるほどお客さんは笑える」。さらに続ける。「笑いは感動させるより難しい」
 

考え抜いたキャスティング

さらに大事なのはキャスティングだ。「今回の作品でも稲垣さんをはじめよく考えてお願いした」。現場ではあまりテークを重ねない。「何回もやると俳優もあきてしまう。やっても5回ぐらい。新鮮なものを求めたいから」。その分、キャスティングに重きをおく。「キャスティングは僕の映画では、命かな。(役を)作ってくるような人は選ばないし、テークを何回も重ねたほうが芝居が良くなるような人はあまり好まない。前日にセリフを変えても対応できる人、その場で反応できる人が大事。若い役者さんって、芝居をしないっていう芝居ができる人が多い。現場では一度『自由にやってください』と話すことが多い」という。
 
役者への指示もあまりしない。演出で大切にしているのはスピードと温度感だ。「会話のテンポが速すぎるからゆっくりとか、もう少し好きって見えるように感情をあげてほしいとか。速さと温度は気にしている」。そこに強く関係しているのは、今泉映画に特徴的な、間である。その巧みさが感情の起伏や流れ、人のおかしみや切なさを生み出している。
 

答えの出ない悩み描き続ける

間の面白さを聞くと、最初に出てきたのは山下敦弘監督の名前だった。「山下監督がやっていた俳優のワークショップの手伝いをして、演出の仕方とか空気とかそこで一番学んだ。『リアリズムの宿』(2003年)や『リンダ リンダ リンダ』(05年)など、オフビートの妙な間があって、気まずさの描き方とか随分影響を受けた。『リアリズムの宿』を見た時は、自分のやりたかった映画が存在していて絶望した」。山下監督の助監督に呼んでほしかったがかなわず。「自主映画出身だから僕は助監督の経験がない」とも話した。
 
今後も恋愛を描き続けるか。答えは明快だった。「恋愛はずっと撮り続けると思う。どれだけ考えても、答えが出ない悩みがある。今回の、浮気されても感情がわかないというのもそう。誰に相談しても答えはバラバラだろう。そうした問題を映画の真ん中におくと、見た人みんなで話せるし、そのリアクションから悩みが解決するかもしれない。自分ならどうするかなと、自分のために作っている部分もあります」
 
映画「窓辺にて」は公開中

【関連記事】
・稲垣吾郎「僕にあてて脚本を書いてくれたことがわかり、撮影が楽しみだった」「窓辺にて」ワールド・プレミア
・この1本:「窓辺にて」 淡くこじれる今の空気

ライター
鈴木隆

鈴木隆

すずき・たかし 元毎日新聞記者。1957年神奈川県生まれ。書店勤務、雑誌記者、経済紙記者を経て毎日新聞入社。千葉支局、中部本社経済部などの後、学芸部で映画を担当。著書に俳優、原田美枝子さんの聞き書き「俳優 原田美枝子ー映画に生きて生かされて」。