「窓辺にて」©2022「窓辺にて」製作委員会

「窓辺にて」©2022「窓辺にて」製作委員会

2022.10.29

この1本:「窓辺にて」 淡くこじれる今の空気

毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。

あの手この手、繊細な手つきで恋愛の諸相を描き分ける今泉力哉監督。今回の主役は、稲垣吾郎演じる「妻の浮気に怒れない」元作家のライター、茂巳。彼を中心とした8人の男女が作る5組のカップルが、ただでさえままならぬ関係をこじらせる。今泉作品らしく登場人物は体温が低め。弱虫の人間たちを受け入れる緩さと優しさが、心地よい。

茂巳は、編集者の妻紗衣(中村ゆり)が人気作家と浮気していることに気付いている。紗衣のことは好きなのに、嫉妬も怒りも湧かないことに戸惑って、自分は冷たい人間かと悩んでいる。取材で知り合った高校生作家の留亜(玉城ティナ)と親しくなって、彼女の恋人優二(倉悠貴)を紹介される。茂巳の友人正嗣(若葉竜也)は妻ゆきの(志田未来)と仲が良いのに、モデルのなつ(穂志もえか)と不倫中だ。

茂巳は誠実で真面目そう、当たりは柔らかいが、本音が分からない。悩みを打ち明けるのはいいが「自分はどうしたいのか」と聞かれて「分からない」「君はどうしたい?」と聞き返す。正直者だが微妙に無神経。悪気はないのに周囲が怒りだし、見ている方も時々イラッとさせられる。稲垣がとぼけた味わいで好演し、映画全体に脱力感を漂わせる。

5組のカップルはそれぞれに別れ話が持ち上がり、自分たちの関係を見つめ直すことになるのだが、だからといってすべてがすっきり決着とはならないのもまた、今泉調。

「好き」という思いだけで突っ走れるのは若いうち。この映画に登場するのは、人生のアカにまみれた大人たち。好きにもいろんな事情が混じっていて、色合いも複雑だ。幸せを求める男女の間に漂うあいまいな空気を、リアルに描き出すのである。2時間23分。東京・TOHOシネマズ日比谷、大阪・TOHOシネマズなんばほかで4日から。(勝)

ここに注目

常々感じていたが、今泉作品には現代性がある。本作でも、茂巳は作家としては満ち足りていて、ガツガツしていない。もともと、感情表現が激しくないからより穏やかに見えて、ある意味マイペース。何かにつけて熱を帯びず、淡々とした言葉とたたずまいが今の時代にフィットしている。そこに、子供っぽさと自己が微妙に確立している留亜を投げ入れて、茂巳にさざ波を起こす演出がたくみだ。茂巳の妻やその不倫相手の作家、留亜の恋人などの人物配置やキャラクターも無理なく格別。洞察力の深さとほどよいユーモアも堪能した。(鈴)

技あり

好調な四宮秀俊撮影監督、画面の手前と奥で芝居を組み立てる場面が目につく。戦後に吉村公三郎監督らが、画面の奥行きを生かそうと提唱した「縦の構図」を思い出した。留亜の伯父カワナベの山荘。ベランダに、茂巳とカワナベが並んで座り、奥に留亜。縦の人物配置で、手前は自然光、奥の留亜は白熱灯と、光質の違いで見え方も変わる。別の日の夜、茂巳の家。手前で茂巳がボタン付け、紗衣は奥の机で仕事中。途中から別れ話になり、紗衣が手前に来て「茂巳さんは私を好きな時あったの」と詰問する。10分以上の長回しに脱帽する。(渡)

【関連記事】
・稲垣吾郎「僕にあてて脚本を書いてくれたことがわかり、撮影が楽しみだった」「窓辺にて」ワールド・プレミア
・特選掘り出し!:「NOVEMBER/ノベンバー」 美しく残酷なメルヘン
・さすらいのボンボンキャンディ
・アムステルダム
・シネマの週末