公開映画情報を中心に、映画評、トピックスやキャンペーン、試写会情報などを紹介します。
2023.12.16
官能に通じる美食の道 グルメなトラン・アン・ユン監督が作った真のグルメ映画「ポトフ」
「ポトフ 美食家と料理人」には、19世紀のレシピに忠実に調理された料理の数々が映し出され、料理の芸術性を感じさせる。トラン・アン・ユン監督、その「ほとんどを食べたことがあった」という。グルメが作ったグルメ映画、撮影もなかなか豪華だったようだ。グルメの本場、フランスのカンヌ国際映画祭で監督賞を受賞したのも納得。
原作小説の〝前日譚〟
ベトナムで生まれフランスで育ったトラン・アン・ユン監督、デビュー作「青いパパイヤの香り」でもおいしそうなベトナムの料理を登場させていた。長い間美食についての映画を撮りたかったのだという。「ポトフ」は小説「美食家ドダン・ブーファンの生涯と情熱」が原案だ。
「この小説と出合って、人物が浮き上がってきたのです。といっても物語そのものには食指が動かず、料理について語る部分で小説を取り入れながら前日譚(たん)のように脚本を書きました」
©Carole-Bethuel©2023 CURIOSA FILMS- GAUMONT - FRANCE 2 CINEMA
料理の技巧は撮らない
美食家のドダン(ブノワ・マジメル)は料理人のウージェニー(ジュリエット・ビノシュ)とともに、美食を追求し続けてきた。ドダンが考案したメニューをウージェニーに調理させ、美食仲間を集めて食事会を開く。料理が映画の主役の一つになることは明らかだったが「二つのことを決めていた」と振り返る。
「料理の場面が出てくる映画はたくさんありますが、それらとは全く違うものにしたかったんです。一つは、料理をしている料理人の手先や超絶的な技巧は撮らないということ。料理そのものを、ことさら美しく撮ろうとも思いませんでした。主人公が調理をしている姿を、自然に見せたかったのです」
料理監修を著名な料理人ピエール・ガニェールに依頼。「料理歴史家に当時のレシピを監修してもらい、ガニェールの指示とお墨付きをもらっています」。調理の場面は、忙しく立ち働くドダンとウージェニー、助手の動きを手持ちのカメラで追いかける長回し。実際の調理の流れに沿って、手間をかけた料理が刻々と出来上がっていく過程を映し出す。
本物の味にスタッフも舌鼓
食材も本物だから、何度も撮り直しはできない。入念に準備した。ガニェールの助手の手ほどきでスタッフが料理を作る手順の動きを決め、それをマジメルとビノシュが見て覚えるという段取り。「スプーンをどこに置くか、鍋をどう扱うかなど、ウソがないようにディテールを追求しました。俳優の動線やカメラの動きはダンスの振り付けのようで、納得いくまで時間をかけて準備したのです」
そして実際に食べられるように調理したから、俳優たちは撮影中に舌鼓。「食事会の場面ではカットをかけても俳優たちが食べ続けたので、スタッフが小道具のお皿を使うからもうやめてと止めなくてはなりませんでした。そんなわけで俳優たちは撮影が進むにつれて太り、ブノワの衣装がきつくなってしまいました」。ドダンが子牛を焼く場面は何度か撮り直し、その日はスタッフもお相伴にあずかって大喜びだったとか。
調和の中にある夫婦の愛情
もう一つは「夫婦愛を描くこと」だった。「しかも新婚ではなく、穏やかな調和の中にある夫婦の愛情。情熱的な関係ではないから、映画にしたら退屈になる関係ですが、そこに挑戦しました」。ドダンとウージェニーは愛し合い、ドダンは何度もウージェニーに求婚するものの、ウージェニーは応じない。2人は同じ屋敷に住み、ドダンは夜ごとウージェニーの部屋をノックする。
「料理は官能的でもあり、人を愛することに通じる」という。ドダンがウージェニーのために自ら調理し、手の込んだ洋梨のデザートを仕上げる場面。ドダンの試行錯誤や、料理を供されたウージェニーの表情は丹念にカメラに収めるのに、料理そのものはあえてチラリと見せるだけにとどめた。「洋梨の形はウージェニーの裸体に近いのです。そこに食とセックスのセンシュアリティーに共通項があることを象徴的に示そうとしました」
詩のようなレシピ元に発明する料理人
こうして描こうとしたのは「料理は芸術」ということだ。ドダンがスープの味を説明する際「ソナタの展開を思わせる」など詩的な表現で相手を戸惑わせる。「当時のレシピは今と違って、分量をグラムで示すようなことはしていません。詩のようなテキストを読んで、発明しなければいけないのです。料理人は正真正銘の芸術家だと思います」
トラン・アン・ユン監督は「元々食べるのが大好き」。劇中の豪華な料理も、「一つを除いて全部食べたことがありました」と事もなげに言う。それにしては、とてもスリムですね。「本当にいいものを食べていれば、太ることはありませんよ」。恐れ入りました。